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ある程度近づくと、黄金の狼が歩みを止め、後ろ足を曲げ座った。
「ロルフ。我が何者か分かるか?」
「あなたはもしかして、ソラヌス?」
散々聞かされてきた。忘れるはずがない。忘れるわけがない。黄金の狼。まさにそうだ。
「ふむ。お前がウェアウルフとしての心をずっと閉ざしていたから、お前を見つけてから、こうして話せる機会がなかったんだ。ようやくだな」
黄金の狼を見て、敬愛よりも怒りが込み上げてくる。
どうせ哀れな俺の幻覚だ。言いたいことを言ってやる。
「あんたが本当にソラヌスなら、どうして俺の家族を、友人を、仲間を助けてくれなかったんだ?」
「あれは悲劇だった。我が同族が無慈悲に狩られる様は見ていて悲しいものだ」
「見ていただと? あんたそれでも神か?」怒りは収まらないが、必死に抑制し堪える。
「お前が我を責める気持ちは分かる。だが我にもどうしようもなかった。種族に法が存在するように、我々にもある種の制約が存在する」
「具体的には?」
「ウィクトーリアがこの領域への我の干渉を抑える手立てを確立していた。大規模な介入は、この領域の崩壊を招く事すらあったのだ」
「だったら今は何故?」
「詳しく説明してもわからんだろう。だが可能になったとだけ言っておこう」
「俺の家族は……無事なのか?」
「ああ。お前の家族の魂は無事、我が領域ループスの中枢にある」
「だったら俺もすぐに皆の元へ!」
「孤独な気持ちはわかる。だが見方を変えれば、お前は特異な存在だ。それにいまお前がいるこの領域は謂わばループスの玄関口だ。別の領域との道を大きく開くのは現状リスクが大きい」軽く前足を上げ、自身の肉球を眺めるソラヌス。
「俺一人でも?」
「この領域に残るウェアウルフはお前ただ一人。お前を失えば、この領域での我の影響力を放棄する事になる。再度の侵攻は困難だ」
「それで私に一体どうしろと?」
「いいかロルフ。これは名誉ある行いだ。未来永劫、ループスでのお前の活躍が語り継がれる事になる。それだけではない。この領域に残る同胞の魂を救うことにもなる。お前は真に称えられるだろう」
「それは有難い。だが……俺にはそんな力はない。ハンターから逃げるだけでも精一杯の身」
「我はどこぞのイカれた神とは違う。しっかりサポートしてやろう。だがこの領域への干渉を妨害している物を排除しなければならん。その都度、お前には強力な恩恵を与えよう」
「本当に!? 恩恵を?」
「ああ、だがウィクトーリアは抗ってくるだろう。勿論他の者達もな。それほど危険で重要だ。やる気はあるか?」
「そりゃ勿論」
「その言葉を聞き安心した。お前を我が扇動者に任命する」
「…………」
「おいどこへ行く?」
「これ以上頭がおかしくなる前に去るんだ」
「我は幻覚などではない。よく聞け、成功の暁には最高位である守護者に任命しよう。お前の大切な者たちも、その恩恵を受けるだろう」
「…………」
「運がいいことに、最初の干渉物は目の前だ。あの集落にある。吸血鬼どもを排除し、集落の者たちを救うというのはどうだ? 救うことがお前の望みだろう?」
「それはそうだが……俺が逆に襲ってしまいかねない」
ソラヌスの両目が黄金に輝くと、体の重荷が外れたような感覚がした。
「これでお前は自らの意思で、ウェアウルフとしての欲望をコントロールすることができる」
感覚で変化をひしひしと感じる。
「す、凄い」
自分の両手を眺める。
「さっきも言ったが、我の与えられる恩恵や祝福は限られている。力不足を感じた場合は信仰干渉物の排除に専念しろ」「分かりました」
ソラヌスの両目が再度黄金に輝き、見つめていると自らの力の変化を感じる。「いま与えられるのは先ほどと合わせ3つのみだ。一つは影の力。狼へと身を変えることができる。その姿は大いに役立つだろう。もう一つは心眼の目。これは魔法を除く干渉物に一切左右される事なく、遮蔽物越しに他種族を視認することができる。元来のウェアウルフの祝福を忘れるな。我のその祝福は最も重要かつ強力な力だ。ウェアウルフとしての経験を積めば、自ずと力を得ていくだろう。無闇に閉ざすのではなく、鍛練し生かせ」
雨粒が額に落ち、雷鳴が聞こえてくる。まるで夢を見ていたかのような時だった。
だが感じる。新たに授かった力を。
そしてもう逃げるのではなく、戦う事を。
もう恐れはない。
神に与えられた使命を全うし、愛する者達に会いに行く事を。
必ず全てを成し遂げてみせる。
ウェアウルフへと身を変え、大きく遠吠えを放つ。
そして急いで吸血鬼達が襲う集落へと向かう。




