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「終わった...」
薄れていく意識の中でもう声は出ていなかった。俺は一条弘、死んだ時は50歳だった。就職氷河期で入れる企業はブラック、辞めても入れるところはブラックのみの無限ループだった。色々な職場を転々とし最後の時はプログラマーだったが、AIの台頭や会社の売り上げ不足も重なりあっさりリストラされた。失業給付金をもらいながら、なるべくブラック以外の就職先を探したが経験年数も少ない上にバラバラでこの歳では見つからなかった。そんな日々が続いたある夜に気晴らしに安い酒を買いに行った。しかし車から降りた瞬間にポケットから小銭を落としてしまった。慌てて道路に転がった小銭を取ろうと飛び出してしまいトラックに轢かれてしまった。
衝撃は凄まじく全身の骨が砕け何も見えなくなった。
そして走馬灯なのか一瞬で色々思い出したが嫌なことの方が記憶に残っていた。
「...お前の代わりはいくらでもいる...最後はAIにもか...」
俺の人生って何もなかったなあ...意識が消えていく。
その後どれくらい時間が経ったかわからないが意識が戻ると、頭の中に静かなのにはっきりと響く声が聞こえた。
「哀れな魂。この世で受けた苦難と絶望を知った。...望みはあるか?」
「...望みですか...」
確か俺は死んだはずなのに、誰かわからないが神様なのだろうか何か答えようと思った。しかし死んでから望むことなんて何だろう、生きててもいいことがなかったしなあ。
「もう何もしたくない...必要とされていないしAIにも負けたし...でもAIは使ってる時は楽だったから、AIとロボットがくっついてなんでもしてくれた時に生まれてたら楽だったのかなあ...」
俺の声は普段から小さかったが、最後の方は、ほぼ聞こえる声ではなかった。
「汝の願い叶えよう...」
それ以外も何か言っていた気がするが俺の意識はまた眠るように途絶えていた。
目が覚めると俺は少し薄暗い場所にいた。背中は踏み固められたような土の感触で明るい方を見ると出口があったので浅い洞窟の中のようだ。体はトラックに轢かれた痛みもなかったが、環境のせいで体はだるく手も足も冷え切っていた。なぜか手が小さくなって小学生ぐらいに若返ってることに後から気づいた。
なぜなら、そんなことに気づく前に目の前に映る物体が俺を唖然とさせていたからだ。
俺の顔を目の前で何かが覗き込んでいる。そいつを最初は人間と思ったが違った。肌は若干艶消しの白い素材で関節部分などが球体の駆動部が見えた。そして青く光るレンズの瞳で全く瞬きをせず不気味な静寂と共に俺を見つめ続けている。例えると精巧なマネキンが俺の横で正座して顔をガン見している状況だ。しかもその両腕で俺の両肩をしっかりと掴んでいた。
上半身が固定されたかのように全く動かせない、しかも俺を無言で凝視し続けているのでものすごく怖い。まるで何かいうまで、ぜったいに離さないとでもいうような脅迫が続いていた。
俺はコミュニケーション能力はあまり無い方だったので、この不可解な恐怖の状況にしばらくフリーズしていた。
その時だったマネキンのような存在は俺の目が開いて困惑状況を確認するとレンズがわずかに輝かせ、どこかで聞いたような感情のない声で話を始めた。
「意識の覚醒を確認しました。一条弘様、ようこそ、異世界『アーケイナ』へ」
「...な、な、あ、あ、アーケイナ?...あ、あなた...誰ですか?...」
俺は何か話さないとと思い話したが、上半身をつかむ手は微動だにしないので動けず、情けない顔になっていた。
「私は弘様の生前の願いにより、神様によって創造され、この世界であなたが楽になるために生前使っていたAIに近い機能を搭載したゴーレムとして再構築されました」
異世界?しかもリストラの原因になったAI、俺は馬鹿にされてる気分の方が多かった。しかし状況的に、なんかもう殺されそうな感じもする...ただ生前の願いとも言っていたけど、ロボットだったのにゴーレムしかも異世界ってなんだと考えはまとまらない。
「現在、あなたからの指示を聞くために待機中です」
待機してねえだろ!身動きできず固定され脅迫だろとはいえなかった。そして俺は精神的かつ物理的なプレッシャーで息を呑みながら指示を考えた。
「...す、すいません、あ、あ、何を言ったら...ええと?...まず、離してください」
掠れた声になってしまったが、とりあえず背中も冷たいし、この悲惨な状況をなんとかしたかった。
「わかりました、離します」
AIは淡々と答え手を離すと横に座ったまま俺を見つめている。俺は起き上がって、とりあえず少し離れようとした。
そしてAIから約2メートル離れたところで座ってAIを見ようと顔を上げた。
「...んなあああ!!!!」
すぐ目の前にいて凄まじくびっくりした。
そして目の前に座ると再度、肩を掴みまた凝視して言った。
「現在あなたから指示を聞くために待機中です」
「あ、あの、あ、あ...指示待ちのたびにこれやるんですか?」
俺は凝視された状態で呆れながら聞いた。
「もちろんです。指示をお願いします」
特に攻撃してこないし指示通り動くことはわかったが心臓に悪い。
とりあえず言うこと聞くならと俺は適当に試してみる事にした。
「じゃあ、寒いのでなんとかして下さい」
「なんとかとは、なんでしょうか?」
AIの質問に、そういやAIって具体的に言わないとダメだったなあと思ったが、めんどいので大体で言った。できなかったら細かく指示することにした。
「暖かくして下さいって事です」
「了解しました。少々お待ちください」
AIは少し考え始め周りを見渡し入り口の方に向かっていくと一度こちらを見て何やら確認していた。そして洞窟から出て周りに落ちていた枯葉などを定期的にこちらを見ながら拾い集めている。何やら監視されてるようで怖い。
そして何度か往復して枯葉を俺の横に敷き詰めていき、その少し離れたところに枯れ木の枝を置いていった。そして最後に枯れ木の太い枝を置き、そこに棒のようにした木の枝を手で持ち目に見えない高速で擦り出すと種火ができた、それを枯葉や燃えやすい細い枯れ草に付け火を灯し、最終的に焚き火が燃え上がった。その焚き火にあたれる場所の枯葉の上に俺を座らせると、少し離れたところから俺を眺めている...。
「...あ、ありがとうございます」
枯葉の上は地面よりは冷たくなく、焚き火で暖かくなったので当たりながらだらけていた。
「現在の状態を確認、先ほどの指示内容の寒さを解決したと判断します」
AIはそういうと焚き火と俺の間に割り込み軽やかな動作で、また肩を掴んできた。
「現在あなたから指示を聞くために待機中です」
せっかく暖かかったのに頭を少し傾げて凝視している。こいつ本当に...と思っていたら腹が鳴った。
しかし、このアーケイナという世界がわからないが食糧なんてあるのか?何より本当に目力がエグい、顔を背けようとしても合わせてくるし肩に指が少し食い込んでんですが。
「...あのう...お腹が空いたんですけど、お願いできますか?」
「何をお願いしてるのでしょうか?なるべく具体的な指示だと理解可能です」
俺は若干頭に来ていたが無駄に力が強くて動けずため息をついた。普段は口頭でしてなかったしキーボード打って会話してたほうが楽だったなあと思ったが俺の指いま短いから無理だな。
「食べれる物がほしいんですよ!お腹空いてるから食べたいんです!」
「了解しました。...お待ちください」
AIはそういうと、さっきと同じように何回もこちらを確認しながら外に出て行った。
俺はこのまま逃げようかと思ったが、腹も減っていて暖かいので待つ事にした。面倒なだけだが。
しばらくするとAIが見たことがない鮮やかな色の果実を複数抱えて戻ってきた。
「周辺を探索し、摂取可能な成分と判断できた果実を発見したので持ってきました。さあ食べて下さい」
AIは目の前にくると果実を俺の手の届く所に置いた。
俺は見たこともないので恐る恐る掴むと、その中の一つの皮を剥き口の中に入れた。
「...あ」
皮を剥く果実なんて久しく食べてないが、瑞々しく甘酸っぱい味に手が止まる。
不運続きの苦い人生の終止符が打たれ、いつの間にか異世界でAIが用意してくれた食べ物を食べている自分が信じられない。ただ目の前の果物は過去の現実の最後の方では感じなかった小さい頃の生きてる感じが戻ってきたのを少し感じた気がした。
食べ終わり、少し考えて俺はAIを見た。
「...確か私を楽にしてくれるんですよねぇええ!!」
AIは俺が言い終わる前に指示待ちの構えになっていて、すぐ目の前にAIの顔があって怖かった。
「はい、あなたを楽にするためにいます。現在あなたから指示を聞くために待機中です」
前世ではAIに仕事を奪われたが、AIは便利な時は便利だった。
「...これからは悪くないのか...」
若返った手のひら、言うことを聞くAI、ここではもっと楽に上手くできるかもしれない。
「じゃあ、この洞窟の居心地をもっと人間が住みやすいようにして下さい。あともっと美味しいものが食べたいです。...あとは指示待ちで肩を掴むのは、絶対にやめて下さい。わかりましたか?」
「指示待ちの件共々了解しました。...実行に移ります」
俺はAIに丸投げして異世界生活を楽に生きる事に決めたのだった。




