別れ話
ここは、とある住宅街にひっそりと構える、木造の小さな建物、お悩み相談室。「ハセガワ」
お悩み相談室にしては、店主の名前をそのまま店名に使った、飲食店のような店名。
実はここの店主は、カウンセラーの資格や、カウンセラーとしての信頼を得る肩書きがない。
そのため、必ずドリンク代や、フードメニューがあり、飲食の場に行ったら、たまたま店員に話を聞いてもらったという、夜の店のような営業形態をとっている。
別に、そんな回りくどい方法を取らなくても、営業することはできるのだけれど。店主長谷川のこだわりだ。
狭い店内にテーブルが1つ。2つのソファに挟まるように置いてある。
そんなテーブルを前にソファに腰かけ、ラジオを置いて、スナック菓子を頬張っているこの男が、長谷川だ。
「はぁ…」
今日はどんな人が来るんだろう。そろそろちゃんとした悩みというか…うーん…
長谷川は、30歳になるのを機に仕事を辞めて独立。後にこの店を始め半年、一度も悩みを聞いたことがない。いや、悩みを聞いた事は、あるにはあるのだが…
カラカラン
ドアに付けてある、ベルが鳴った。
「すみません、今、よろしいでしょうか」
「ん?ああ、はい、いらっしゃいませ。こちらへお掛けください」
「失礼します」
20代前半ほどの、男がやってきた。
「本日は、お越しくださり、ありがとうございます。こちらから、ドリンクや軽い食べ物をお選びいただけます」
「ありがとうございます…じゃあ、オレンジジュースお願いします」
「かしこまりました。お持ちいたします。」
男は、ジュースを片手に、席に戻った。
「お待たせいたしました。では、話せる範囲でいいので、お話聞かせて貰ってもいいですか?」
何やら深刻そうな面持ちの男。
今回はちゃんとした悩みっぽいぞ…!
「はい、実は、付き合ったばかりの彼女と、別れてしまって…」
なるほど、そういう感じか。
「もう割り切ることができてるんですけど、次が心配で」
割り切れてはいるんだ。にしては深刻そうな顔だったけど…
「そこで、悩みというのが、僕と相性のいい女性の見つけ方!です!」
あ゛ーーー、ちくしょう!まただ!
この男、長谷川は、始めてこの方、悩みを聞いた事は、目の前の男性のようにあるにはあるのだが、しっかりとした悩みを聞いたことがない。
今までこの店に足を運んだのは4、50人ほど、どの人も、基本、変わった悩みを持っていた。
「人のオナラを貯めて、車を走らせたい。オナラの貯め方について」やら、「世界中の人に指パッチンをさせる方法」やら、長谷川は依頼履歴を見てはウンザリしていた。
「…そうだったんですね、別れた彼女さんは、どうして別れてしまったのでしょうか?」
相手は一応お客さんだ。素っ気ない対応は、出来ない。
接客業であった前職の型が染み付いてしまっている。
「えっとですね、僕、自宅のテレビ台の…下の方にですね、ゴキブリのおもちゃを貼り付けてあるんですよ」
「ゴキブリ?」
「はい、家に呼んだ友達を驚かせようと思って、常時貼り付けてあります。」
もう店を畳もうかな
「先日、付き合ったばかりの彼女と、僕の家で過ごす予定があったんです。本当にうっかりしていました。あのゴキブリを剥がしておくのを忘れてしまっていて…」
「案の定、驚いた彼女に、必死に説明したんですけど「あんたとは合わない」って言われちゃって…同棲なんてしたことないのに、家を出ていかれるという体験をしました。」
「そう、なんですね…」
(可哀想に…彼女が)
「そこで、じゃあ僕と相性の合う人を探そう!その人と一緒になろう!と思い、ここへ来ました」
最初から変わった人だったけど、半分婚活をしているのに、こんなお悩み相談室にやってくる。この時点で変わっている。
「そうなんですね、相性のいい方と一緒になれたら、幸せそうですもんね」
カウンセリングの基本は「傾聴」と「共感」と聞いたので、一応そうするようにしている。
「いやー、ここいい雰囲気ですね!価格も安いし!」
「ありがとうございます。では、少し一緒に考えてみましょうか」
「まず、以前の彼女さんは、ゴキブリのおもちゃがきっかけで別れてしまったんですよね?」
「はい、それ以外は、完璧だったと思います。ホントに、一緒にいて楽しくて…特にあの時なんかは…うぅっ」
帰ってくんないかなー、割り切ったんじゃないの?
男性は泣き出してしまった。
長谷川も、心の内では、今にも泣き出しそうだった。
「落ち着きましたか?」
「はい、すびません」
「では、1つ提案なのですが…まずゴキブリのおもちゃを…撤去してみてはどうでしょうか?」
「やっぱそうですよねー」
「少しの変化で、変わることあると思いますし」
「ですよね!ありがとうございました!」
「えっ?」
「なんかスッキリしました!泣いたからかも!」
「……なら、良かったです、また何かあったら起こしください」
(もう来るなよ!)
「ありがとうございましたー」
きっちり、2500円を置いて、男は出て行った。
「はぁ…疲れた」
今日は、短く終わった方だ。
こういう内容で、真剣に思い悩む人も、少なくないから…
(やっぱり、資格取ろうかな…)




