第9話:門出の朝、ふたりの覚悟
朝焼けの光が、トウキョウ・ネクサスの巨大な門を朱に染めていた。
その前には、遠征任務の参加者たちが次々と集まり始めている。
総勢、12名。
思っていたよりも少ない。だが、それだけ任務の危険度が高いという証でもあった。
そして、その中に——冬馬と雪菜の姿があった。
冬馬は、これまでにないほどの準備を整えてきていた。
以前は携行していたロングソードと中型の盾。それらは、すでに手放している。
——剣には、わずかに適性があった。
だが、適性だけでは上には行けない。
なまじ器用貧乏でいるよりも、自分にしかできない戦い方を極めるべきだと、冬馬は決断した。
新たに購入したのは、強化素材で補強された手甲と脚甲、そして簡易防御結界の付いた強靭な戦闘用コート。
攻撃も防御も、肉体一本でまかなう選択だった。
すべての資金をそこに投じ、残った僅かな金は迷わず孤児院に送った。
(俺には……これしかない)
冬馬は、アクセラレーター能力を主軸とした格闘戦に賭けた。
それが、自分の“道”だと信じて。
今回の遠征任務は、その第一歩。
雪菜の隣に立つための、確かな足がかりになると信じていた。
一方の雪菜は、どこか浮き足立っていた。
唇には、普段は使わない薄紅が差してある。
気恥ずかしいほどの明るい笑顔。それは希望というより、どこか逃げ場を求めるような、儚い光だった。
だが——当の本人は、自分の変化に気づいていない。
あるいは、気づいていても、目を背けているのかもしれなかった。
「さあ、冬馬! 行くよ! 今日こそ冬馬の活躍をみんなに認めさせるんだっ!」
満面の笑みでそう言ってくる雪菜に、冬馬は心の中で肩を竦めた。
(……こいつは本当に、自分のことより俺のことばっかり……)
「俺はF級だぞ? あくまでもサポート要員だ」
あえて控えめに応じる冬馬に、雪菜は即座に反論した。
「君の強さは、Fどころじゃないだろ! 今日はそれを、皆に知らしめるんだっ!」
その真っ直ぐな言葉に、冬馬は少しだけ苦笑した。
「……はいはい、わかったよ、リーダー」
そう。
今回の遠征チームのリーダーは、雪菜だった。
参加者12名のうち、C級ハンターは2人。
もうひとりのC級は補助魔法専門のサポーターで、統率経験も乏しかったため、リーダー役を辞退。
結果として、雪菜に白羽の矢が立ったのだった。
雪菜は、軽く深呼吸をしてから前に出ると、皆に向けて声を張った。
「皆さん、本日の遠征任務、リーダーを務めさせていただく雪菜です。未熟な点も多いと思いますが、精一杯頑張ります。どうぞ、よろしくお願いします!」
拍手が起こった。
それは、礼儀だけではない。
彼女の名は、すでに広まり始めている。
——銀蒼の髪をなびかせ、ガストワイバーンを討ち倒した気鋭のハンター、雪菜。
その実力と人柄を知る者たちは、自然と彼女に信頼を寄せていた。
その中には、冬馬の姿もある。
(……雪菜はもう、皆の“希望”になってる)
冬馬は、拳をそっと握りしめた。
守られるのではなく、肩を並べられるように——いや、それ以上に彼女を守れるように。
——遠征隊は、トウキョウ・ネクサスを後にした。
この一歩が、未来を変える第一歩になることを、彼らはまだ知らない。