第8話:交錯する想い、迫る影
冬馬は、雪菜の様子が気がかりだった。
ガストワイバーン討伐の功績により、雪菜はC級ハンターへと昇格した。
本来なら、もっと喜んでいいはずだ。
孤児院の支援がさらに手厚くなり、受けられる依頼の幅も広がる。
未来が開けたはずなのに——雪菜の笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
「……雪菜、何かあったのか?」
冬馬は内心でそう呟いた。
(まさか、ギルバートが……?)
嫌な予感が胸の奥で渦巻く。だが、それを確かめる術はない。
冬馬はF級。力も地位もない。
今の自分が中途半端に動けば、逆に雪菜の立場を危うくするかもしれない。
拳を握っても、声を上げても、無力な現実が牙をむく。
だから冬馬は、ただ任務をこなすしかなかった。
歯がゆさに胸を灼かれながら。
——そんなある日。
大型の遠征任務の情報が、冬馬のもとに届いた。
F級からC級までの合同参加による、大規模討伐クエスト。
対象は、危険区域に巣食うオーガの集団。
危険だが、戦果を上げれば報酬も大きく、何よりランク評価にも影響する。
(俺にも参加資格がある。そして……雪菜も)
そして——その任務に、ギルバートの名前はなかった。
A級の彼には、参加資格がないのだ。
(よし……これなら……ギルバートが捻じ曲げることも、流石に……)
冬馬が胸を撫で下ろしたその裏で、別の場所。
ギルバートは、苛立ちをあらわにしていた。
「また、俺の誘いを断るつもりか……?」
雪菜のもとに、またしてもギルバートから圧力がかかった。
「そのクエストは断れ。代わりに俺の護衛任務に付き合え」
それは“命令”の口調だった。
——何度目になるか分からない。
ギルバートは相変わらず「お前は俺のモノだ」と、雪菜を所有物のように扱っていた。
雪菜は、その言葉に吐き気を堪えながら、しかし怯まなかった。
(今回は……大丈夫。これだけ情報が出回っている。さすがに無理はできないはず)
自分にそう言い聞かせるように、雪菜はギルバートの誘いを拒絶した。
その背後で、ギルバートの瞳が、歪んだ憎悪の色を宿していたことに、雪菜は気づかない。
そして、雪菜は駆けた。
胸の奥に灯った、小さな希望を抱いて。
「冬馬!」
呼びかける声に、振り返ると、そこには雪菜がいた。
銀蒼の髪が陽光を受けて揺れる。その表情は、久しぶりに年相応の無邪気さを帯びていた。
「例のクエスト、受けるよね? ボクも受けるから!」
興奮を隠しきれず、目を輝かせるその姿に、冬馬は思わず苦笑する。
「……ああ、俺も受ける」
この数年で、どれだけ彼女が笑顔を忘れたか、冬馬は知っている。
だからこそ、今この瞬間を壊したくなかった。
クエスト開始は明朝。
今日一日は準備期間として設けられている。
討伐対象は、オーガの集団。
E〜D級が中心だが、稀にハイオーガと呼ばれるC級個体も混じることがある。
F級の冬馬は、本来ならサポートが役目だ。
それでも、雪菜と共に任務に出るのは、ガストワイバーン戦以来。
あれが突発だったことを考えると、意図的な参加はいつ以来になるだろうか。
冬馬の胸に、一抹の不安が過る。
ギルバートの執念が、これで終わるとは思えなかった。
だが——
(それでも、雪菜の笑顔を曇らせたくない)
冬馬は拳を握った。
たとえその身が砕けようとも、彼女を守る。
それが、彼にとってのたった一つの誇りだった。