第74話:集いし絆と確かな想い
翌朝、ネクサスギルド内には多くのハンター達の姿があった。
ネクサス所属のハンターだけではなく、小規模、中堅事務所のハンターの姿も多い。
みんな、雪菜と冬馬を知る者たちだ。
ギルバート陣営のハンターは、一人残らず締め出している。
それは実質的な、ギルバート陣営に対する宣戦布告にほかならない。
宗一郎を始めとする、ネクサスギルドの職員は胸が詰まる思いだった。
ギルドの一階、受付ロビーを埋め尽くさんばかりの多くのハンター達。
——全て二人を守るために集まってくれた者達。
その中には、冬馬達の孤児院出身の若いハンターの姿も何人か。
かつてのオーガの大規模討伐遠征で一緒になった、陸の姿も見える。
皆がそれぞれ決意を口にする。
「雪菜姉ちゃんや冬馬兄ちゃんは俺達が守る! 二人とも俺達を守るために、今の俺達よりずっと幼い頃から頑張ってくれたんだ。今度は俺達の番だ!」
「うんっ! 私達は……そのためにハンターになったんだもん! 絶対にお兄ちゃんやお姉ちゃんを守って見せる!」
孤児院出身のハンター達が覚悟を固める横で、陸が自らの不甲斐なさを決意に変える。
「俺は自分が情けない……冬馬さんや雪菜さんがこんな事になっていたなんて……。たとえ微力だとしても、この力を冬馬さんたちのために」
冬馬たちを想う声。ギルバート陣営を不審がる声。ギルド本部を非難する声。様々な声がロビーに木霊する。
そんな中、受付カウンターの前に立つ宗一郎の声が、ロビーに静けさを取り戻させた。
「みんな! 今日は突然の呼びかけに答え、よく集まってくれた!」
そう言うと宗一郎は、ロビー全体を見渡して言葉を続ける。
「予め話は聞いていると思うが、俺はカナガワ・コアへと乗り込もうと思う。
だがその時を狙って、ギルバート陣営の者達が攻めてくるだろう。
自らの顔に泥を塗った雪菜を狙ってな。
みんなには、雪菜のことを守ってほしい。
命がけの戦いになる。強制は出来ない。
だから、降りても構わない。その事に対するペナルティは一切ないと約束する!
……少し時間を空ける……降りたい者はその間に……」
宗一郎は瞳を閉じて、静かに待つ。ロビーを包む、僅かな間の沈黙。
——誰も動かなかった。
誰一人として、ギルドから出ていこうとする者はいなかった。
宗一郎はゆっくりと瞳を開け、ハンター達を見渡す。皆一様に、固い決意の色を瞳に宿していた。
誰かがポツリと声を漏らす。
「……今まで雪菜さんや冬馬さんには助けられ続けてきたんです。
今ここで逃げ出したら……私きっと、二度とあの二人の顔を見れなくなっちゃう……」
その言葉を皮切りに、ロビー全体から多くの声が上がる。
「上手く猫かぶってるつもりだったのかもしれねぇけどよ! ギルバートの奴には辟易してたんだ!」
「女性を物のように扱うなんて最低っ! 絶対に許せない!」
「雪菜ちゃんが……あの子がどんな気持ちで自分の体にメスを入れたと……っ!
あの子は本当は、冬馬くんのことを……。ギルバート……絶対に許さない……!」
誰かが静かに……しかし確かな響きを持って声を上げた。
「みんな……俺達であの子達を守ろう。今度は……俺達があの子達の力になる番だ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
様々な想いが込められた叫び。それを聞いた宗一郎は……涙を堪えるのに必死だった。
(冬馬、雪菜……これがお前たちが守り続けてきた絆だ……。
お前たちのこれまでは……決して無駄じゃない!)
雪菜一人を守るための防衛線。その頼もしい姿を目に焼き付けながら、宗一郎は告げる。
「みんな……ありがとう……! では……行ってくる!」
そう言うと、宗一郎は数人の護衛ハンターとともに、カナガワ・コアへ向けて出立した。
宗一郎たちがキャラバンライナーへと乗り込み、何処かへと向かっていく。
それを遠くから監視していた男が一人。
ギルバートの取り巻きの者だ。
(何を企んでるか知らねぇが、ギルドマスターが居なくなった今がチャンス。ギルバート様に報告だ……)
男は静かにその場を去り、ギルバートの元へと帰っていった。
◆ ◇ ◆
冬馬は深い眠りの中にいた。
意識が細切れになるかのような苦痛の繰り返し。
痛みで意識が途切れかけ、痛みによって引き戻される。
ただ呼吸をするだけ。ほんの僅か指先を動かすだけ。
ただそれだけのことが、雷撃に撃ち抜かれたかのような苦痛。
——意識を手放していただろう。
多くの者達の声が聞こえてこなければ。
シャロンの声。宗一郎の声。アイリスの声。純也の声。九条鞠子という医者の声も聞こえてきた。
他にも、多くの職員やハンター達の声。——そして、雪菜の声。
あまりの苦痛に、時間の感覚などすぐに無くなった。
どれだけの時間、のたうち回っていたのか分からない。
それでも、冬馬は自らの意識にしがみつこうとした。
だが、いつしか心は遠くなり、もう一人の自分が自分自身を見下ろしている。そんな感覚すら覚え始めた。
そんな時、美しい女性の声が聞こえた気がする。
『冬馬ッ! 貴様はこんなものか! 守るのではなかったのかッ! ……試練に——勝ってみせろ!』
その声は、怒りを含んでいるようで、その実は哭いていた。
自分には計り知れないほどのものが、その声には含まれていた。
——終われない——
そう思った。
伝わってくるのだ。染み込んでくるのだ。多くの人達の願い、悲しみ、希望——そして想い。
冬馬は自分を叱咤した。
もう十分休んだだろう。守りたい者たちがいるのだろう。
——もう……目覚めの時だ——
そう思った時、全身から今まで感じたことのない……だが、どこか懐かしい力が溢れてきた。その力は——眩いばかりの銀色をしていた。
◆ ◇ ◆
冬馬はゆっくりと瞳を開いた。
そこは闇に包まれた世界。
安らぎと孤独が同居する空間。
自らの……心像世界。
そんな自分以外に何も無いはずの世界に、銀色の眩い輝きを放つ、一人の女性が立っていた。
シルヴィア・アルヴィオン。
八龍王が一柱、銀翼の龍王——その分体。
冬馬は上体を起こすと頭を振り、意識を無理やり覚醒させる。
「……俺……は……」
何があったのかを必死に思い出そうとする冬馬に、シルヴィアが声を落とした。
「目覚めたか。我が相棒よ」
冬馬はシルヴィアの姿を瞳に映すと、片手で頭を押さえながら記憶を掘り起こす。
「あい……ぼう……」
瞬間、思い浮かんだのは一人の女性の顔。幼い頃から共に過ごし、常に自らを待ち続けてくれた人。
『ボクは冬馬の相棒になるんだっ!』
ふと、そんな声が耳を打った気がした。
冬馬は目を見開き、声を張り上げる。
「ゆき……な……!! そうだ! 試練! 試練は一体——」
焦燥に心を支配されかけた冬馬の耳に、良く通る澄んだ美しい声が響く。
「試練は成功だ。貴様は試練に……打ち勝ったのだ。正直驚いたぞ。まさか——」
シルヴィアが全てを言い終わる前に、冬馬は弾かれたように起き上がると、辺りを必死に見渡し始めた。
「こうしちゃいられない! 早く帰らなければ! シルヴィア! いきなりで悪いが、帰り方を教えてくれ! 頼む!」
しかしシルヴィアは軽くため息をつくと、ポツリと語り始めた。
「……今はまだ、肉体に意識が戻ることは出来ない。
貴様という存在は試練に打ち勝った。
次は、肉体の番だ。
貴様の肉体は今、急速に作り変えられている。……龍王の力に耐えうるように」
その言葉は、冬馬の心に重く圧し掛かった。
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