第73話:静かなる開戦
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こんな状態でも、待っていてくださる皆様に、心よりの感謝を。
それからの半月ほどは、実に穏やかに過ぎていった。
ギルバート陣営も、表立った動きを見せることはない。
精々が、取り巻きの者たちが様子を伺いに来る程度だ。
溜まっていたクエストの消化については、ネクサス支部所属のハンターだけでなく、中堅クラスのハンター事務所に所属する者たちも協力してくれた。
そのおかげで、逼迫していた状況は徐々に改善されていく。
また、クリスマスが終わる頃には、雪菜も本格的にハンター業へと復帰を果たしていた。
所属している摩天楼の民間依頼は程々に抑え、主にギルドクエストの消化を手伝ってくれている。
その甲斐あってか、年を越す頃には、ギルド内の喧騒も一段落していた。
――だが。
冬馬はいまだ、目を覚まさない。
苦しむ様子は見せず、周囲からの呼びかけや接触に、微かな反応を返すことも増えてきてはいる。
それでも、意識が戻る気配はなかった。
そんなある日の午前。
ギルドマスター、御堂宗一郎は支部長室で書類整理をしていた古参職員――近藤純也へと、静かに声をかけた。
「……純也。俺は少し、ネクサスを離れる」
あまりにも唐突な言葉に、近藤は作業の手を止め、宗一郎を見た。
「……宗一郎さん? 藪から棒に一体、何を……。
どこへ行くんですか?」
宗一郎は一瞬、沈黙を落とす。
そして、重く言葉を放った。
「カナガワ・コアだ。
ハンターギルド・コア本部へ行く」
近藤は、思わず目を見開いた。
「……!」
宗一郎は、静かに言葉を続ける。
「皆の頑張りのおかげで、ようやくネクサスは落ち着きを取り戻した。
……動くなら、今しかない」
――動く?
何を?
近藤が問い返す前に、宗一郎ははっきりと目的を告げた。
「ギルド本部は腐っている。
……少なくとも、上層の一部はな。
そこを叩き、膿を出す」
宗一郎の瞳には、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。
「なっ……!
何をいきなり言い出すんですか! 危険すぎます!
確かに言っていることは理解できますが、それでも……!」
近藤の困惑と焦燥を孕んだ言葉に、宗一郎は毅然と答える。
「いきなりじゃないさ。
前々から、ずっと考えていた。
……むしろ、動くのが遅すぎたくらいだ」
一息置き、宗一郎は続ける。
「俺はずっと、本部に不満を抱いていた。
冬馬の扱いについてな。
だが、下手に動けば、あいつらの立場をさらに悪くしてしまう。
……それが怖かった」
宗一郎の拳に、力が込められる。
「だからこそ、冬馬が我慢している限り、俺も耐えようとしてきた。
だが……」
声が、低くなる。
「今回の件は、やりすぎだ。
いくらA級ハンターとはいえ、
いちハンターの言いなりになって、特定の人物の命を脅かすなど……
あってはならん!!」
その言葉に、近藤も強く胸を打たれた。
近藤にとって、冬馬も雪菜も、年の離れた弟や妹のような存在だ。
二人がギルドの門を叩いた日から、ずっと見守ってきた。
誰よりも努力し、誰よりも誠実だった二人。
誇らしく思うと同時に、二人を取り巻く理不尽な状況に、強い怒りを抱き続けてきた。
近藤には、ハンターとしての適性がない。
前線で戦い、彼らを守ることは出来ない。
だからこそ、歯噛みする思いで見守り続け、
努力だけで道を切り拓いてきた冬馬を、誰よりも誇りに思っていた。
ギルバート、そしてコア本部の横暴。
それらに対する怒りを、近藤は腸が煮えくり返る思いで耐えてきた。
だが――。
「……宗一郎さん。
お気持ちは分かります。痛いほどに……。
ですが、それでも……一人で乗り込むなんて、あまりにも無謀です」
その言葉に、宗一郎は苦笑を浮かべた。
「はは……流石に、一人じゃ行かんさ。
……本部に不満を持っているのは、俺たちだけじゃない」
近藤が息を呑む。
「……では?」
宗一郎は、はっきりと頷いた。
「他の都市のギルドマスターたちも巻き込む。
――これは、戦争だ」
宗一郎は、もう限界だった。
シャロンがいた。
鞠子が来てくれた。
雪菜が命を賭して、ギルバートを退けた。
多くの者たちが、冬馬を守った。
冬馬の命が繋がったのは、奇跡ではない。
一人ひとりの想いと行動が積み重なった、
奇跡よりも尊い“結晶”だ。
だが――次も助かるとは限らない。
今回の件で、宗一郎は嫌というほど理解した。
ギルバートは変わらない。
己の欲望のためなら、他者を踏み躙ることを止めない。
ならば――戦うしかない。
ギルドマスターになる前、宗一郎もハンターとして前線に立っていた。
最終ランクはB級。
A級には、届かなかった。
あと一歩と言われ続け、結局その壁を越えることは出来なかった。
だからこそ、ギルバート本人を止めることは出来ない。
自分に出来るのは、ギルド本部の腐敗と向き合うこと。
そこが――自分の戦場だ。
「今回、参加を名乗り出てくれたのは……」
宗一郎は、一つひとつ名を挙げていく。
「サイタマ・ノード。
チバ・ゲート。
イバラキ・フロンティア。
トチギ・アウトポスト。
グンマ・バックボーン。
以上関東勢」
そして――
「関西からは、
キョウト・オリジン。
オオサカ・プライム。
この二都市も、協力してくれる」
錚々たる名前に、近藤は拳が震えるのを感じた。
宗一郎は表情を引き締め、近藤を真っ直ぐ見据える。
「俺がネクサスを離れれば、ギルバートは必ず動く。
……次は、雪菜を狙うだろう」
「雪菜は、冬馬から狙いが逸れたと言っているが……
ヤツのことだ。何をするか分からん」
宗一郎は、頭を下げた。
「だから、純也……頼む。
ネクサスの皆と力を合わせて、
冬馬と雪菜を守ってくれ……!」
近藤の全身に、震えが走る。
それは恐怖ではなく、武者震いだった。
「……お願いされるまでもありません。
僕の……僕たちの戦場は――ここです!」
二人は静かに、しかし確かな力を込めて頷き合った。
「純也、可能な限り、ネクサス所属のハンターに通達してくれ。
出来るなら、事務所所属の者たちにも協力を仰いでほしい」
「分かりました」
その瞬間。
カナガワ・コアのギルド本部、
そしてA級ハンター、ギルバート・グレイモアとの戦いの火蓋が――
静かに、だが確実に切って落とされた。
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