第72話:聖夜の贈り物
前話から大分時間が経ってしまいました。
この話だけは、この日に投稿したかったのです。
この様な状態でも、待っててくださった皆様に、心からの感謝を。
それからも鞠子は、宗一郎や職員のハンターたちと冬馬の話に花を咲かせた。
我慢できなくなったアイリスが受付業務を後輩に押し付け、話の輪に混ざってきたときには、流石の鞠子も笑いを堪えきれなかった。
すぐに宗一郎に叱られ、しょんぼりとしながらカウンターへ戻っていったが、その後ろ姿にはどこか名残惜しさが滲んでいた。
ひとしきり語り合った後、僅かな沈黙が落ちる。
その沈黙を破るように、宗一郎が口を開いた。
「……冬馬はな……これまで、多くのことを我慢してきた。
我慢して、我慢して……常に『誰か』のために戦ってきたんだ」
語る宗一郎の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
だが、その瞳の奥には、わずかな悲しさと、ほんの少しの不満が滲んでいる。
「俺は冬馬に……もっと欲張ってほしい。
……自分のことを、自分の幸せを」
その場にいた職員たちも、口には出さずとも、同じ想いを抱いていることが表情から伝わってきた。
「アイツの身体は傷だらけだ。何度もシャロンが治してくれたが、それでも全部を消すことは出来なかった。
今回ほど酷いのは初めてだが……これまでも、何度も命の危機を乗り越えてきた。
……すべて、誰かのためだ」
宗一郎の瞳は、いつの間にか涙に滲んでいた。
「俺は……冬馬や雪菜が可愛くて仕方がない。
勝手なことかもしれんが、あの子たちを、自分の子供のように思っている。
……だからこそ……幸せになってほしい。
だからこそ、今回のギルバートの所業を……俺は、絶対に許せん!!」
その瞬間、宗一郎の手に握られていた金属製のコップが、音を立てて歪んだ。
はっとした宗一郎は慌ててタオルを取り出し、零れた中身を拭き取る。
「……いかんな。すまない、九条先生。取り乱してしまった」
悲しげに笑う宗一郎。
だが、鞠子はそこに一切の不快感を覚えなかった。
冬馬や雪菜を、我が子のように語る宗一郎。
それを温かく見守る職員たち。
僅か数時間ではあったが、この時間は確かに鞠子の心を温めていた。
(雪菜……それに冬馬……本当に、不器用な奴らだ)
その後もしばらく会話は続き、気づけば時刻は正午を回っていた。
鞠子は腕時計を確認し、頃合いを見て切り出す。
「御堂殿、名残惜しいが、そろそろ失礼させてもらう。
色々と、あいつらの話が聞けてよかった」
宗一郎も慌てて時計を見る。
「っと……随分と長話に付き合わせてしまったな。
九条先生、よければ我々と食事でもどうだ?」
その申し出に、鞠子は穏やかに首を振る。
「ありがたいが、今日はネクサスの街並みを少し見て回りたい。
また次の機会に、ご一緒させてくれ」
宗一郎は少し考える素振りを見せ、やがて頷いた。
「……ふむ。いや、今日はその方がいいかもしれんな。
承知した。トウキョウ・ネクサスの街を、ゆっくり楽しんでくれ」
その微笑みに、鞠子はわずかな含みを感じたが、不快なものではなかった。
「……? そうさせてもらう」
鞠子は宗一郎と職員たちに別れを告げ、支部長室を後にする。
その姿を見送りながら、アイリスが微笑んで頭を下げた。
鞠子も会釈を返し、ギルドを後にする。
昼を少し過ぎた街は、どこか浮き立っていた。
少し歩いて、鞠子はその理由に気づく。
(なるほど……御堂殿の含みは、これか)
街は色とりどりの装飾で彩られ、夜に向けたライトアップの準備が進んでいる。
朝には疎らだった屋台も、今はかなりの数が並んでいた。
赤、緑、白——
それは、クリスマスの色。
(今日は……クリスマスイブか)
十二月二十四日。
クロス以前は、国中がお祭り騒ぎだったという。
だがクロス以降、その余裕は失われていた。
鞠子自身、生まれてからクリスマスを経験したことはない。
知識として知っているだけだった。
しかし、時は流れ、人々は少しずつ日常を取り戻し始めている。
クリスマスパーティー文化の復活も、実はここ数年のことだった。
「……ずっと手術室に籠もりきりだったからな」
浮き立つ街並み。
手を繋ぐ一般人のカップル。
かつては当たり前だった光景。
鞠子は、自分の胸が少し弾んでいることに気づく。
「ふっ……柄でもないな」
そう呟きながら、彼女は足を止めた。
「……ケーキ屋、か。
近くの屋台は……チキン、だな」
今の世界では、ケーキは高級品だ。
それでも、鞠子は気づけば店に入っていた。
「イブ当日に、すまないが——」
◆ ◇ ◆
医療棟へ戻ったのは、夕暮れ時だった。
「少し羽目を外しすぎたな……シャロンたちに悪いことをした」
だが、手には土産がある。
許してもらえるだろう。
冬馬の病室へ向かうと、中から賑やかな声が聞こえてきた。
扉を開けると——
「あら、鞠子。お帰りなさい」
笑顔でシャロンが迎える。
病室には、シャロンと眠る冬馬だけではなかった。
宗一郎、アイリス、職員やハンターたち、そして雪菜。
「……これは、何事だ?」
問いに答えたのはアイリスだった。
「ふふっ。九条先生も、なんですね」
視線は、鞠子の手にあるケーキとチキンへ。
「私も? どういうことだ?」
宗一郎が照れたように荷物を掲げる。
それを合図に、皆が手にした品を見せる。
雪菜も、照れくさそうに。
「えへへ……ボクも」
シャロンが嬉しそうに言う。
「考えることは、みんな同じみたいね」
「……そのようだな」
冬馬はまだ眠っている。
それでも、皆ここに集まった。
鞠子は冬馬に近づき、心の中で呟く。
(本当にお前は罪づくりな男だよ、冬馬。……早く目覚めろ。みんな、待っている)
雪菜とシャロンが、冬馬の両手を握る。
そのとき——
「!? いま……冬馬がボクの手を……」
「私の手も……握り返した……っ!」
冬馬はいまだ目覚めない。
だが一瞬——微かに笑った気がした。
鞠子は微笑を浮かべて窓へ向かう。
外では、白い雪が降り始めていた。
「……ホワイトクリスマス、か」
窓を開け、空を仰ぐ。
「サンタクロースだったか?……
中々、粋なプレゼントをするじゃないか」
その声は、静かに降り積もる雪に溶けていった。
Merry Christmas




