第69話:陽光の記憶、医師の原点
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医療棟を出た鞠子は、朝の冷気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、ゆっくりと腕を伸ばして――大きく息を吐く。
「んーっ……ふぅ。こうして朝日を浴びるのも、悪くないな。」
吐いた息が白く溶けていく。
冬の気配が色濃い空気は肌に冷たいが、東の空から差し込む朝日がその冷たさをやわらげてくれる。
金色の光が頬を照らし、冷え切った指先までも温めていくようだった。
「思えばサイタマ・ノードにいた頃は、ずっと建物の中に籠りっぱなしだったな。体が鈍ってしょうがない。」
鞠子は苦笑を浮かべ、軽く肩を回す。
戦闘職ではないとはいえ、ハンターである以上、体力も精神力も消耗する仕事だ。
医療とは“心と体の戦場”でもある。――それを身をもって知っている。
しばらく朝の光を感じながら、鞠子は周囲を見回した。
トウキョウ・ネクサスの街はすでに活動を始めており、遠くの大通りでは屋台が準備を始め、飛行型の通信ドローンがいくつも空を行き交っている。
静かで、しかし確かに息づく都市の朝だった。
「さて、どうしたものか。いきなり“休め”と言われてもな……何をしていいのやら。」
そう呟き、ひとり微笑む。
だが、心の奥にほんのりと温かい感覚が広がっていることに気づく。
――穏やかな気持ち。
それは、いつ以来のことだろうか。
かつて鞠子は、ただ純粋に“人を救いたい”と願って医の道を志した。
医療魔法の適性を知ったとき、普通の医師ではなく医療ハンターという道を選んだ。
それは危険を伴う生き方だった。
だが、危険な戦場の中で命を拾い上げられるなら――その方がずっと意味がある。
そう信じて疑わなかった。
寝る間も惜しんで学び、魔法と医療の両立を試み、幾度も限界を超えた。
時には薬草を求めて危険地帯に足を踏み入れ、重傷を負って帰還したこともある。
それでも、一度も「辞めたい」とは思わなかった。
救った患者の「ありがとう」の笑顔が、何よりの報酬だったからだ。
……だが、いつからだろう。
その「ありがとう」を素直に受け取れなくなったのは。
医療の腕が上がるほど、名声が広がるほど、鞠子のもとにはあらゆる依頼が舞い込んだ。
中には人道に反するような依頼――“生かす”のではなく“隠す為や変える”ための手術すらあった。
有名な政治家、軍人、闇のハンター。
彼らの密かな依頼を断れない状況も多かった。
“癒やしの医療”は、いつしか“取引の医療”へと姿を変えていった。
――何のために、私は医者になったんだろう?
気づけば、鞠子は自らの手を見つめることを恐れるようになっていた。
それでも医者であり続けられたのは、
かつての患者の笑顔、そして――たった一人の憧れの存在がいたから。
その名は――シャロン・セイルズ。
初めてその名を聞いたとき、鞠子は全身が震えた。
海外最大手のハンター事務所「ノーブルブラッド」に所属し、医療魔法の革新を次々と成し遂げた天才女医。
その残した記録や論文を見た瞬間、鞠子は思わず息を呑んだ。
当時、鞠子はすでに“天才医療ハンター”と呼ばれていた。
しかし、シャロンの技術と発想は、その肩書きを粉々に砕いた。
まるで別次元――そう感じた。
「自分とは違う、本物の天才だ。」
その事実に打ちのめされながらも、同時に強く惹かれた。
追いつきたい。並び立ちたい。
そう思った。
だから鞠子は、己を磨いた。
知識も、手術の技も、治療魔法も――限界まで。
しかし、努力すればするほど痛感した。
――どれだけ伸ばしても、シャロンの背中は遠ざかっていく。
そして気づけば、彼女はサイタマ・ノードで“闇医者”と呼ばれるようになっていた。
医療の理想を追うことをやめ、ただ黙々と依頼をこなす日々。
それは堕落ではなく、諦めだった。
「チュン、チュンチュン……」
小鳥のさえずりが、静かな朝の空に響く。
その声に、鞠子はふと現実へと意識を戻した。
「……フッ。昔の思い出に耽けるとは、我ながららしくないな。」
そう呟きながら、口元に笑みを浮かべる。
「まさか、あのシャロンとこうして出会い、肩を並べて仕事をすることになるとは……人生、分からんものだな。」
柔らかな光を浴びながら、鞠子はそっと瞳を閉じた。
冷たい風が頬を撫で、白衣の裾がひらりと揺れる。
「さて、せっかくの休暇だ。久しぶりに羽根を伸ばさせてもらうとしようか。」
小さく伸びをし、ゆっくりと歩き出す。
目指す先は――トウキョウ・ネクサスのハンターギルド支部長室。
「いきなりの移籍だったからな。挨拶も最低限だった。ちょうどいい機会だ、もう一度正式に顔を出しておくか。」
そう心に呟きながら、彼女の瞳には探究心の光が宿っていた。
(それに――冬馬のことも、少し気になる。
雪菜とシャロンが、あれほどまでに思いを寄せる男……一体どんな奴なんだ?)
無意識に、唇がわずかに笑みの形を作る。
それは興味か、あるいは――別の感情の芽吹きか。
朝の光が、九条鞠子の背をやさしく押していた。
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