第53話:銀翼の龍王
――暗闇を歩いていた。
そこは、なにもない空間。
冷たくも、熱くもない。風も音もなく、ただ虚無だけが広がっている。
ここが現世ではないことは、直感で理解していた。
そして、自分が長くここに居てはならないことも。
(……早く戻らなければ……)
焦りはある。しかし、どうすれば戻れるのか分からない。
足音すら響かぬ闇を、ただひたすら歩き続ける。
――その時。
視界の奥に、眩い光が見えた。
白銀色の、吸い込まれるような輝き。
無意識に歩調が速まる。
やがて辿り着いた先で、冬馬は息を呑んだ。
そこには、一体の銀色に輝く龍が佇んでいた。
その翼は大空を裂くほど大きく、全身から神々しい光が滲み出ている。
思わず構えを取る冬馬。しかし――奇妙なことに、目の前の龍からは一切の敵意が伝わってこない。
どうしたものかと逡巡していると、龍が口を開いた。
「来たか。貴様が……真神冬馬だな」
「モンスターが……喋った……? それに……真神?」
名を呼ばれた瞬間、冬馬の頭に靄のような感覚が広がった。記憶を探ろうとしても、霞がかったように思考がうまく働かない。
龍はその様子を見て、静かに告げた。
「そうだったな。貴様の記憶は封じられているのだったな」
「記憶を封じる……? 何の話だ。それより、あんたは何者なんだ」
「……そうだな。まずは名乗ろう。我が名はシルヴィア・アルヴィオン。八龍王の一柱――銀翼の龍王と呼ばれる者だ」
「八龍王……銀翼の……龍王……?」
あまりの情報に理解が追いつかない冬馬。
シルヴィアは構わず続ける。
「少し語らねばなるまい。我と関わった以上、貴様はもはや無関係ではいられん。何より、これは貴様の命に関わることだ」
その声音に、冬馬は耳を傾けずにはいられなかった。
「我ら八龍王は、この世界と融合した異世界――アーヴェリスに存在していた。地球と交わり、ひとつとなった世界だ」
「アーヴェリス……。クロスによって融合した世界の名前を知っている?……本当に……異世界の……」
「無論だ。続けよう。かの地アーヴェリスに、別の異世界より邪神が現れた。その邪神と我ら八龍王、そして多くの勇士たちは戦った。しかし――邪神は強大であった。八龍を除き、ほとんどの者が殺され、あるいは喰らわれた。そして我ら八柱のうち四柱は、その瘴気に呑まれ、邪龍へと堕ちた」
シルヴィアの声が、闇の空間に低く響く。
「貴様を蝕む瘴気は、その邪龍のもの。このままでは助からん」
「瘴気……? 俺の状態は、ジャガーノートにやられた傷が原因じゃないのか……?」
「その傷なら、すでに癒されている。――シャロン・セイルズと、九条鞠子という者によってな」
「シャロンが……助けてくれたのか……。だが九条鞠子って……聞いたことのない名前だ」
その名を口にした途端、シルヴィアは一瞬言い淀む。
「……それは、貴様が目覚めれば自ずと知れよう。今は別の話だ。――選べ、真神冬馬。我が力を受け入れ、試練に挑むか。それとも、このまま死を選ぶか」
その問いは重く、容赦がなかった。
だが、冬馬に迷いはなかった。
「一体何が起きているのか、まだ全然分からない……。けど――生きられるなら、みんなの元に帰れるなら、試練を選ぶ!」
決意を宿した声が、闇を切り裂いた。




