第46話:「癒えぬ痛み、募る怒り」
その日から、雪菜の治療と並行して女性ホルモンの投与が開始された。
肉体的には「男性」になった彼女だが、シャロンと鞠子の判断により、精神的安定のためにも女性ホルモンが必要とされたのだ。
疲労の限界だったシャロンも、鞠子の手助けによりようやく交代で休めるようになり、顔色も日に日に良くなっていった。
医療ハンターたちも皆協力的で、ネクサス支部は小規模ながら一つのチームとして機能していた。
雪菜の傷は怪我によるものではなく、意図的な外科手術の痕。
それ故か、シャロンと鞠子による魔法と現代医療の併用により、彼女の回復は驚くほど早かった。
だが――
たとえ傷が癒えたとしても、すぐに以前のように動けるわけではない。
体の構造が変わった今、動き方やバランス、筋肉の使い方まで、すべてが以前とは異なる。
雪菜は無理のない範囲でリハビリを始め、慎重に自分の“新しい身体”と向き合おうとしていた。
問題は、冬馬の方だった。
鞠子という優秀な医師を得たことで、シャロンの精神的負担は大きく軽減された。
余裕ができたことで、シャロンはあらためて冬馬の検査を行う。
そして――気づいてしまった。
「……これ……おかしい……」
冬馬の体を蝕む瘴気は、すでに彼を襲った《ジャガーノート》のものではなかった。
いや、ジャガーノート由来の瘴気は、シャロンが既に取り除いていた。
それでも冬馬の回復が進まなかったのは、まったく別の――もっと陰湿で、深く、粘つくような邪悪な瘴気が残っていたからだ。
「……これが……ギルバート……」
震える唇から名前が零れる。
シャロンの目が怒りで見開かれ、拳を握りしめた。
「クソッ……ギルバート……どこまで……! どこまであんたはッ!!」
ギルバート・グレイモア――
その存在は、すでにシャロンにとって“災厄”そのものだった。
彼が雪菜に与えた執着。
冬馬に与えた傷。
今もなお、彼の影が二人の人生を狂わせ続けている。
「……今ほど、自分が戦闘タイプじゃないことを悔しいと思ったことはない……!」
ギリ、と血が滲むほど拳を握りしめる。
シャロンの心は、怒りと無力感で煮えたぎっていた。
そのとき、温かな感触が彼女の拳を包んだ。
ハッとして横を見れば、鞠子がシャロンの手にそっと治療魔法をかけていた。
「落ち着け、シャロン。……自分を傷つけても、何も解決はしない」
優しく、けれど決して揺るがない声。
シャロンの拳は、すぐに癒えて元通りになった。
「……ごめんなさい、鞠子……ありがとう。頭に血がのぼってた……」
ようやく落ち着きを取り戻したシャロンに、鞠子が静かに言う。
「まずは、冬馬を蝕むこの瘴気の正体を調べよう。
これさえ取り除ければ、私たちの治療魔法で冬馬を癒せる可能性が高い。
急がば回れ、だ。焦るな、シャロン」
「……うん。そうね……絶対に助けてみせるわ、冬馬を……」
互いに見つめ合い、シャロンと鞠子は深くうなずき合った。
怒りと悔しさを胸に秘め、それでも希望を失わぬ強さが、そこにはあった。
そして――
ギルバート・グレイモアに対する戦いが、静かに始まりつつあった。




