第45話:揺るがぬ絆
それからの日々、シャロンと鞠子は力を合わせ、冬馬と雪菜の治療に尽力していた。
鞠子の医術の腕は確かで、シャロンの負担は目に見えて軽くなった。ふたりは時に意見を交わし、時に沈黙のまま並んで作業に没頭した。そこにはかつての因縁の気配は薄れ、今はただ、目の前の患者を救うという、純粋で切実な意思だけがあった。
トウキョウ・ネクサス支部のハンター達も、交代で冬馬の護衛に就いてくれていた。ギルバートが本気で動けば、今の戦力では到底止められないことは誰の目にも明らかだったが――少なくとも今のところ、彼が動く気配はなかった。
ギルバートも“秩序”という薄氷のような体面を、完全に捨てたわけではないらしい。
数日が経過したある日。
治療方針の打ち合わせをしていたシャロンと鞠子のもとへ、駆け出しの医療ハンターが息を切らして飛び込んできた。
「シャロン先生! 鞠子先生! 雪菜さんが――目を覚まされました!」
その一報に、ふたりは顔を見合わせ、言葉も交わさず病室へ駆けだした。
病室では、雪菜がベッドから起き上がろうとしていた。すぐそばで、若い医療ハンターが必死に止めようとしている。
シャロンはすぐに駆け寄り、語気を強めた。
「何してるの、雪菜! まだ安静にしてなきゃ駄目でしょ!」
鞠子もすかさず口を開く。
「シャロンの言う通りだ。お前の手術はただの切開じゃない。体の構造そのものをいじったんだ。動けば傷口が開くぞ」
それでも雪菜は、顔を伏せながら、震える声で言う。
「……心配かけて、ごめんね……でも、ボク……行かないと……ギルバートのところへ。あいつが、いつ冬馬を狙うか分からない……!」
立ち上がろうとした雪菜の身体が、ふらつく。すぐにシャロンと鞠子が両脇を支えた。
鞠子は静かに問いかける。
「ギルバート・グレイモア。私も名は聞いている。異常者でありながら、恐るべき実力者。……そうなんだろう?」
雪菜は言葉を失い、頷きもせずに俯いた。
それを見て、鞠子は続けた。
「そんな相手に、今のお前が勝てるとでも? 立つことすらままならないのに?」
「……勝つつもりなんて、ないよ……。ただ、ボクが……ボクが男になったことを伝えれば……ギルバートは冬馬から手を引く。……アイツが欲しいのは“女のボク”だから……もう、ボクには……価値がないから……」
その言葉に、シャロンの心が凍りついた。
「……そうかもしれない。でも、雪菜……それで貴女は、どうなるの? ギルバートの性格を知ってるでしょ? 女じゃないからって、引き下がるような人間じゃない。暴力でも、支配でも、破壊でも……自分の欲しいものを手に入れようとする男よ」
鞠子も厳しい声で続ける。
「お前を、あんな男のもとに行かせるなんて、主治医として認められん。……それに、お前が冬馬を想っているように……周りも、お前のことを想ってるんだよ」
その言葉に、雪菜ははっとして顔を上げた。
病室には、シャロン、鞠子、若い医療ハンター、そして警戒を続けてくれている護衛のハンターたちがいた。
皆、雪菜を心配そうに見ていた。
(……皆、ボクを……)
胸が締めつけられ、けれど同時に、温かく優しいものが胸の奥に広がっていく。
雪菜はそっと目を閉じ、深く息を吸って吐く。そして、静かに目を開いた。
「……ごめんなさい。ボク、冷静じゃなかった……。こんなにみんなに助けられて、支えてもらってるのに……。今は、治療に専念するよ」
そう言って、ベッドへと戻る雪菜の背を、シャロンと鞠子はほっとしたように見守った。
シャロンが口を開く。
「雪菜……これからは、手術による外傷の治療に加えて、ホルモン投与も始めるわ」
鞠子がその言葉を引き継ぐ。
「――女性ホルモンの、な」
「えっ……?」雪菜は驚いて目を見開いた。「でも……ボクはもう……」
シャロンは、まっすぐに雪菜の瞳を見つめて言った。
「貴女の心は“女”よ。体を変えたって、それは揺るがない。だからこそ、肉体の男性化が進めば、貴女の精神は……きっと耐えきれなくなるわ。どうか……これだけは、私たちの言うことを聞いて」
その瞳には、深い悲しみと、決して譲らない決意が宿っていた。
雪菜はしばし沈黙し、やがてゆっくりと頷いた。
「……うん。わかったよ。二人の言う通りにする。……それと……今回は、いっぱい迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
その言葉に、シャロンはそっと雪菜を抱きしめた。
「迷惑なんかじゃない。私たちは、仲間だから」
静かに、温かく。
その光景を、鞠子は部屋の隅で、優しく穏やかな眼差しで見守っていた。
――雪菜は、まだ壊れてなどいない。
まだ、未来を選べる。
そして、その未来はきっと、誰かと共に歩む道の先にある――。




