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第44話:「赦しの在処」

シャロンは、深く息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。


「……九条先生、でしたね……。どうしてですか……? なぜ、雪菜に手術を?

あなたも気づいていたはずでしょう……雪菜は“女であること”に、違和感なんて持ってなかった。

あの子は、確かに――苦しんでいた。けれど、それは“性別”の問題じゃない。

この手術が、あの子の何を壊すか……あなたなら、分かっていたはずです……!」


言葉の最後は、声にならないほどに震えていた。


鞠子は、それを真正面から受け止めたまま、静かに頷いた。


「ああ……分かってたよ。わかっていたうえで、それでも私は――手術を請け負った。」


その声音には、言い訳の色も、逃げの感情もなかった。ただ淡々と、自らの罪を語るようだった。


「理由は……なんだろうな。本当の理由なんて、自分でも分からない。

雪菜の覚悟を見た、というのは――間違いじゃない。でもそれだけじゃなかった。

……シャロン先生。いや、シャロン。あなたに対する対抗心がなかったとは……言い切れない。」


「……私に?」


「そうだ。私は、かつてあなたを目指していた。

“天才”シャロン・セイルズ――その名の背中を、私はずっと追っていた。

あなたが拒んだ手術を、私が成功させれば……あなたに並べるかもしれないって。

あの時の私は、きっとそんな愚かな気持ちに、突き動かされていたんだと思う。」


――その一言を聞いた瞬間。


シャロンの視界が、真っ赤に染まった。


「……そんな理由で……ッ! そんな理由で、雪菜の“女としてのこれから”を奪ったの!?

ふざけないでッ!!」


怒鳴り声と同時に、シャロンの手が反射的に動いた。鞠子の胸ぐらを、ぐっと強く掴む。


しかし――鞠子は一切、抵抗しなかった。


ただ、その身を預け、シャロンの怒りを受け止めるように佇んでいた。その瞳には、後悔と、赦しを乞うような覚悟が滲んでいた。


シャロンは震える腕を見下ろしながら、次第に、その力を緩めていった。


――叩きたかった。怒鳴りつけたかった。憎みたかった。


けれど、それができなかった。


(結局……私とこの人、何が違うんだろう?)


雪菜を手術したのは鞠子だ。確かに“直接的に手を下した”のは彼女だ。


でも、自分は――雪菜を、止められなかった。


ギルバートの歪んだ執着の対象から外れるために。

冬馬をこれ以上、巻き込まないために。

あの子は自ら、男になる道を選んだ。


それを知りながら、自分はただ見ていただけだった。


(……私は、あの子を……守れなかったんだ。)


そう思った瞬間、シャロンの手から、力が抜けた。


「……ごめんなさい……冷静じゃなかったわ……」


小さな声で、そう謝ると、ゆっくりと鞠子の胸元から手を離した。


鞠子は、わずかに目を見開き、思わず問いかけた。


「……私が、憎くないのか?」


シャロンは、視線を落としたまま、少しだけ笑ってみせた。


「……思うところは、あるわ。でも……あなたを憎む資格なんて、私にはない。

だって、私は……雪菜を止められなかった。守れなかったのよ。」


そして、少し顔を上げ、まっすぐに鞠子の瞳を見据えた。


「でも……九条先生。いいえ、鞠子。

もしあなたが、自らの行動を悔いているというのなら……私に、力を貸して。

雪菜と、そして……冬馬を救うために。」


鞠子は、黙ってシャロンの言葉を聞いていた。そして、深く息を吐くと、そっと目を閉じた。


「……ああ。私にできることなら、何でもやろう。」


その言葉には、かつての対抗心も、後悔も、迷いもなかった。


そこにあったのは、ただ一人の医者として、一人の人間として、償いの決意だけだった。

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