第41話:震える想いと、静かなる帰路
キャラバンライナーの扉が開いた。
アイリス・ベルモットが駆け寄り、雪菜をそっと支える。
「雪菜ちゃん……無理しないで」
彼女の声は優しかったが、その奥にはどこか不安が滲んでいた。雪菜の身体に触れたとき、言葉にできない“違和感”が、彼女の胸に静かに灯ったのだった。
同行していたハンターたちは、すでに車体の後部へ回り、動力部へと魔力を流し始めていた。
キャラバンライナーの駆動には多量の魔力が必要だが、供給が安定すれば、ほとんど振動のない静かな移動が可能となる。
「運転は俺がやる」
そう言って御堂宗一郎が操縦席へと乗り込んだ。
そのとき、鞠子が一歩前に出て名乗った。
「私は医療ハンターの九条鞠子。雪菜の主治医として同行させてほしい」
その一言に、アイリスは眉を寄せる。
「主治医……? 雪菜ちゃんの……?」
鞠子は視線を逸らすことなく言った。
「道中で説明する。今は、彼女を一刻も早く帰さなければならない」
操縦席から宗一郎が声を発する。
「許可しよう。全員、乗ってくれ。――状況は、あとで聞かせてもらう」
キャラバンライナーの扉が閉まり、内部に静寂が広がる。
発進と同時に車体は滑るように走り出した。振動は皆無に等しく、まるで空を泳いでいるかのような感覚。
動力部へ注がれる魔力の質と量に応じて、速度は自在に変化する。
この調子で進めば、トウキョウ・ネクサスまでは40分もかからないだろう。
後部の医療区画――
アイリスと鞠子は、備え付けの緊急用ベッドに雪菜を横たえた。
慣れ親しんだ顔を見た安心感と、限界を迎えていた心身の疲労が重なり、雪菜は毛布に包まれるなり、静かな寝息を立て始めた。
その様子を見届け、アイリスは、意を決して鞠子へと問いかける。
「――九条鞠子医師、でしたよね。今度こそ、教えていただけますか? 一体、何があったんです?」
鞠子は一度、静かに息を吸い込んだ。
逃げられない、と分かっていた。
これは、語らなければならない罪の記録。
「……分かりました。すべて、お話しします」
鞠子は語った。
雪菜が、サイタマ・ノードへ何をしに来たのか。
なぜ、身体を変えるという決断に至ったのか。
彼女自身が選び、彼女自身が望んだ選択だったこと――
そして、医者として止めきれなかった、自身の未熟さと弱さも。
言葉を重ねるごとに、車内の空気は、徐々に重くなっていく。
ハンターたちは、魔力供給の手を止めることはなかったが、誰一人として声を発することはなかった。
宗一郎も、ただ無言でハンドルに手を添えている。
アイリスの顔色はみるみるうちに青ざめ、視線を泳がせながら呟いた。
「じゃあ……じゃあ……雪菜ちゃんは……男になる手術を、受けたっていうの……?」
「――ああ、その通りだ」
鞠子の返答は、淡々としたものだった。感情を押し殺し、事実だけを告げた。
その瞬間、アイリスの身体が震えた。
「うそ……うそよ……」
彼女は立ち上がり、ゆっくりと雪菜へと歩み寄る。
起こさぬように、そっと毛布をめくった。
ほんのわずかな不安が、確信へと変わる瞬間だった。
アイリスは、雪菜の胸へと手を伸ばす。
かつては確かにあった、柔らかな膨らみが――そこには、無かった。
指先に伝わる、固く平坦な感触。
その現実が、彼女の心を直撃した。
「う……そ……そんな……そんなことって……!」
次の瞬間、彼女は鞠子のもとへ戻り、手を振り上げた。
――平手打ちが、頬に響く。
「あなた……! あなたなんてことをっ!」
ナミダが、ぼろぼろと流れ落ちた。
「貴女それでも医者なの!? 雪菜ちゃんが……本当はどんな想いだったか……っ」
鞠子は、一歩も退かずに受け止めた。
「……ああ。私の責任だ。医者としても、人間としても、私は……失格だ」
そのとき、低く、掠れた声が聞こえた。
「……アイリスさん……違うんです……」
ベッドの上で、雪菜が目を覚ましていた。
「ボクが……ボクが無理を言ったんです……九条先生は止めた……先生は、悪くないんです……」
雪菜の瞳には、微かな涙が浮かんでいた。
けれど、しっかりとした意思が、そこには宿っていた。
アイリスは崩れるように膝をつき、ベッドにすがりついた。
「雪菜ちゃん……なんで……どうして、そんな手術を……どうして……」
雪菜は答えた。
「……ギルバートから……大切な人を、護るために……」
それ以上、誰も何も言えなかった。
ただ、キャラバンライナーの駆動音だけが、静かに、無機質に、空間に響いていた。
――雪菜の決断は、もう戻れない場所へと進んでいた。
その意味を、誰もが痛みとともに、噛み締める夜だった。




