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第40話:届いた光

二人は、暗がりの中をゆっくりと歩いていた。バーの裏通りからライドギアの駐車場まで、距離にすればそう遠くはない。だが、雪菜にとってはそれが果てしない距離に感じられた。


その身体はすでに限界を超えていた。手術から数時間も経っていない。本来であれば絶対安静。呼吸すら浅く抑えるべき状態だ。


それでも雪菜は歩く。歩かなければ、冬馬の元へ帰れない。帰れなければ、間に合わなくなる。そう確信していた。


鞠子はその隣で、口を噤んだまま、時折立ち止まりながら治癒魔法を雪菜に施していた。雪菜が「大丈夫ですから…」と微笑みながら繰り返すたび、鞠子の胸の奥が痛んだ。


――この少女に、自分は取り返しのつかないことをしてしまった。


そう思わずにはいられなかった。


それでも鞠子は、雪菜を止めることはできなかった。もはや、彼女の意志の強さは鞠子の手に負えるものではない。医者として、それに寄り添う以外に出来ることはないと、悟っていた。


幾度となく休憩を挟みながら、ようやく二人はライドギアの駐車スペースに辿り着いた。あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。サイタマ・ノードの外縁部は、明かりもまばらで、人影ひとつ見えない。まるで世界から切り離されたような、静寂。


ライドギアは、確かにそこにあった。小型の単人用走行機――マナとオーラをエネルギー源とする、便利で扱いやすい移動手段だが、今の雪菜にはあまりにも負担が大きすぎる。


鞠子は黙ってライドギアを見つめたまま、逡巡していた。


(…ここから、どうすればいい?)


いくつもの案が頭をよぎるが、どれも現実的ではなかった。


キャラバンライナー――浮遊魔導艇を借りるという手もある。だが、それは限られたギルドや機関にしか貸与されない特殊装備であり、誰にでも貸し出されるわけではない。まして鞠子のような、表に出せない手術を請け負う者に、そんな正規のルートがあるはずもない。


(最悪、私が雪菜を背負って……ライドギアを押して帰るか……)


そんな馬鹿げた考えすら浮かんだ。だが、今の雪菜を一人にして帰らせるなど、あり得ない。


「……くそっ」


自嘲気味にそう呟いた瞬間だった。鞠子の視界の端に、ゆっくりと近づいてくる“光”が映った。暗闇の向こうから、まるで夜を切り裂くかのように、柔らかな灯りが近づいてくる。


最初は錯覚かと思った。だが違う。確かにこちらへと向かってきている。


「……あれは……まさか……キャラバンライナー……?」


その光の主は、まさにそれだった。


地を滑るようにして近づいてきたのは、漆黒の魔導装甲をまとった大型浮遊艇――キャラバンライナー。車体には見慣れた紋章が彫り込まれていた。


《Tokyo・Nexus》


それは、雪菜が所属するギルドの名だった。


「……え?」


雪菜が呆然と目を見開く。キャラバンライナーは、ふたりの目前で静かに停止した。静音魔法に包まれているため、ほとんど音は聞こえない。それでも、確かな存在感を放っていた。


ドアが開く音がして、そこから何人かの影が姿を現した。


先頭に立っていたのは、トウキョウ・ネクサスのギルド長、御堂宗一郎。その隣には、知的な雰囲気を持つベテラン受付嬢、アイリス・ベルモット。そして、数人の屈強なハンターたちが護衛のように続いていた。


「……宗一郎さん……アイリスさん……」


雪菜の目が潤む。


御堂は穏やかに笑いながら近づいてきた。


「やはりキャラバンライナーを引っ張ってきて正解だったな。お前が無茶をすることは、だいたい予想がついていたからな」


アイリスも微笑んだまま、雪菜に歩み寄る。


「貴女がライドギアをレンタルして、サイタマ・ノードに向かったって報告が届いてね。これはもう、何かあったなってすぐに分かったわ」


鞠子はその光景を、ただ呆然と見つめていた。


(……この子は、本当に愛されてるんだな)


雪菜の肩が、小さく震えていた。ようやく、ようやく助けが届いたのだ。重すぎる決断を一人で背負い、すべてを耐えていた雪菜の心に、ようやく安堵が差し込んだ瞬間だった。


「雪菜」


御堂が優しい声で語りかける。


「もう大丈夫だ。お前は、ちゃんと自分の意思でここまで辿り着いた。それで十分だよ。あとは、我々が連れて帰る」


その言葉に、雪菜の膝が崩れかける。それを支えたのは、鞠子だった。


「……泣くなよ、馬鹿」


鞠子がぽつりと呟く。


雪菜は、小さく笑って、そしてついに涙を零した。


夜の帳の中に、キャラバンライナーの灯りが柔らかく二人を照らしていた。

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