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第35話:地下へ続く扉

この話を含め、14話を一度に投稿したいと思います。

急で申し訳ありません。

雪菜はライドギアを駆った。


目指すは、〈サイタマ・ノード〉。


《トウキョウ・ネクサス》から北東へ、直線距離で50キロあまり。

ライトギアの性能をもってすれば、わずか30分で辿り着ける距離のはずだった。


だが、現実は甘くない。


交差クロス》によって歪み、断絶された世界の道は、もはや「道路」とは呼べぬものが多い。

崩れた高架、魔物に占拠された林道、封鎖された関所……そして何より、魔獣の群れ。


ライトギアは魔力駆動で跳躍も可能だが、それでも万能ではない。


結果、雪菜が《サイタマ・ノード》の外縁に到着した頃には、日は大きく傾いていた。


呼吸を整えながら、彼女は記憶の断片をたどった。

かつて耳にした噂――この都市のどこかに、腕の立つ医療ハンターがいる、と。


常識では考えられない手術を引き受けるというその人物。

シャロンには到底言えない、そんな“依頼”に応じるという、闇の医療者。


(……今さら引き返せない。時間が……ない)


ギルバートの影が、どこまで迫っているのか分からない。


下手をすれば、すでに――冬馬の命が。


そう考えるたびに、雪菜の胸は締めつけられた。


焦燥と不安が入り混じる中、彼女は街の情報を集め始めた。

医療ハンターの噂を耳にしたことがある者は多かったが、みな一様に口が重い。


だが、雪菜は手持ちの金を惜しまなかった。

小さな酒代、情報料、口止め料――ばら撒かれた小銭の果てに、ついに有力な手がかりを得た。


指し示されたのは、街のはずれ。


そこに立つ一軒の古びたバー。

一見して、医療機関の気配はどこにもない。


雪菜は、扉の前で深く息を吐いた。

そして、震える手で取っ手を引いた。


カラン、と乾いたベルの音。


店内には、まばらに客がいるだけだった。

重たい空気に、時折、酒とタバコの混じった匂いが流れる。


カウンターに立つマスターに、雪菜は意を決して声をかけた。


「……すみません。ここに……医療ハンターがいるって、聞いて……来ました……」


マスターはグラスを磨く手を止めず、視線だけを雪菜に向けた。


「……なんのことだ? 見ての通り、ここは冴えない酒場だ。そんな者がいるとは聞いとらん」


低く抑えた声。

はぐらかすような口調。


雪菜の胸に、迷いが走る。


(間違いだった……?)


だが――彼女は一歩、踏み出した。


「……お願いします……ボクには……時間がないんです……本当にここにいないなら……情報だけでも……教えてください。知ってそうな人でもいい……お願いします……!」


切羽詰まった表情。震える声。

それは、演技ではなかった。


心からの祈りだった。


マスターは一瞬、黙り込んだ。

そして、重く息を吐く。


「……だとさ。先生。話くらい、聞いてやってもいいんじゃないのか」


雪菜が驚いて振り返ると、カウンターの隅に一人の女性が座っていた。


革のロングコート。癖のある黒髪。

その目は、鋭くも疲れた獣のように光を宿していた。


「……どうやって私のことを知ったのかは聞かない。それなりに有名になってしまってる自覚はあるしな」


低く、少し掠れた声で女は言った。


そして立ち上がり、雪菜に向き直る。


「話くらいは聞いてやろう。ついてこい」


それだけ言って、カウンターの奥の扉を開ける。


中は、倉庫のような休憩室だった。

古びたソファとロッカー、使い込まれたテーブル。

その奥の壁に、女は何気ない仕草で手を当てた。


ゴウン――という音と共に、床がゆっくりと開いていく。


雪菜は、息をのんだ。


現れたのは、地下へと続く螺旋階段。

秘密基地めいたその構造に、背筋が冷たくなる。


「……まあ、中にはヤバい手術もあるからな。こういう用心も必要なんだよ」


女は、ちらりと振り返って言った。


「様子から察するに、お前も……“そういう類”の客だろう?」


その言葉に、雪菜は唇を噛んだ。


だが――否定はしなかった。


女が階段を降りていく。

雪菜も恐る恐る、それに続く。


すれ違いざまにマスターの顔を見たが、彼は無言のまま、ただ一度だけ目を閉じた。


それは、黙認の意思表示――そう感じた。


ギシ、と古い階段を踏む音だけが、静かに響いた。


雪菜は、地下へと降りていく。

冬馬を救うために。

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