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第32話:かけがえのない背中

冬馬と雪菜、そして〈トウキョウ・ネクサス〉支部の仲間たちと過ごす日々の中で、シャロンの心には少しずつ変化が訪れていた。


誰かを信じることなど、もう二度とできないと思っていた。だが、気がつけば、彼女の顔には自然と笑顔が戻っていた。あの頃のような、本来の明るさ。心の奥に沈んでいた、「医療ハンター」としての自分が、ゆっくりと蘇ってくる。


そしてある日、シャロンはとある遠征任務に志願することになった。


ネクサスから遥かに離れた山岳地帯。最近発見された小規模なダンジョンの中に、極めて稀少な薬草ヒールミスト・バインが自生しているという報告が上がったのだ。回復魔法との相性もよく、戦線における治療効率を飛躍的に高める可能性がある。


参加メンバーは、医療ハンター数名と、彼らを護衛するE級ハンターが数名。脅威度はF〜E級。危険は少ない……はずだった。


ダンジョンでの採取は順調だった。地形も把握済みで、魔物の出現も予測範囲内。緊張はありつつも、全員に余裕があった。


だが、帰路。出口の手前で、それは現れた。


――キングコボルト。


通常、この地域には出現しないはずのD+級の魔物。全長二メートルを越える獣人。赤黒い筋肉が膨れ上がり、無骨な棍棒を肩に担いでいる。背後には、無数の通常コボルトも控えていた。


瞬間、場が凍りつく。


「やるしかねえ!」


E級ハンターたちが迎撃に出る。通常コボルトはどうにかなった。だが、キングコボルトは別格だった。


一人、また一人と、E級ハンターが重傷を負い、倒れていく。シャロンたち医療ハンターは、治癒魔法を駆使して応戦するが、回復が追いつかない。防御魔法を使える者も少なく、護衛の薄さが徐々に響き始める。


「ダメ……追いつかない……!」


仲間を庇いながら、シャロンは必死に詠唱を続ける。その身体にも、すでに裂傷が複数。呼吸は荒く、魔力も底をつきかけていた。


キングコボルトが唸り声をあげ、棍棒を高く振り上げる。標的は、重傷を負った仲間を治療している――シャロンだった。


(ああ……もう、無理だ……)


シャロンは覚悟した。目を閉じ、最後の一瞬を受け入れようとした、そのとき――


「――《セカンドアクセル》!!」


風を裂くような、鋭い声。そして爆音。


次の瞬間、轟音とともに、キングコボルトの棍棒が粉砕された。


「ッ……!?」


シャロンが目を開けた時、目の前には――背中があった。


赤いオーラを纏い、彼女を庇うように立ちはだかる少年の背中。誰よりも、見慣れたその姿。


「冬馬……?」


「遅れてごめん!予定の時間になっても帰ってこないから、探しに来た!」


振り返った冬馬は、いつものように、無骨で無茶な笑顔を浮かべていた。


シャロンの視界が、揺れた。


安堵と、驚きと、嬉しさが一気に胸に込み上げる。


「……なんで、ここに……!」


「心配でさ、俺。アイリスさんに頼んで、ネクサス支部に記録されてた行き先を確認した。で、猛ダッシュで来たんだよ!」


背後では、キングコボルトが怒りの咆哮をあげている。だが、冬馬はまったく怯まなかった。


「ここからは俺がやる。シャロンは、下がっててくれ」


その一言に、シャロンの涙腺が限界を超えた。


「……冬馬……とうまぁ……!」


ぽろぽろと、涙がこぼれる。



冬馬は、シャロンの頭を軽く撫でると、再び敵を睨んだ。

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