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第3話:アイボーの原点


雪菜は、戦いの終わった戦場で、座り込んでいる冬馬の姿を見つけた。その紅く燃えるオーラが消えていく中で、彼の肩が小さく上下していた。疲労しきっているはずなのに、彼は誰かの安否を確認するように周囲を見渡していた。


その姿に、ふと雪菜は、遠い昔の記憶を重ねた。


まだ二人が、駆け出しのハンターだった頃。ランクはH――最底辺。


その日、雪菜は新人御用達の薬草採取の依頼を受け、ネクサス近郊の森へ足を運んでいた。魔法剣士を名乗ってはいたが、当時の雪菜には戦う力などほとんど無く、依頼というより雑用に近い仕事で日銭を稼ぐ日々だった。


冬馬と雪菜は、孤児院の出身だった。


モンスターが人々の生活に溶け込んだこの世界では、死はあまりにも身近だった。異界と繋がった世界で、人は日常的に命を落とす。冬馬と雪菜の両親もまた、その犠牲となった。――二人の目の前で。


それから数年、共に孤児院で過ごした。


けれど、戦争や災害、異界の干渉によって行政支援は追いつかず、孤児院に回る資金や物資は雀の涙。日によっては、まともな食事さえ取れないこともあった。


雪菜も、冬馬も、気づいていた。


年長者である自分たちが食事を減らせば、幼い義兄妹たちに回る食料は少しでも増える。何より、優しく美しかったシスターが、日ごとに痩せ細っていく姿を見ていられなかった。


だから――二人は、孤児院を出た。


シスターの制止を振り切り、自らの意志で。


「私たちが強くなって、あの子たちと、シスターに腹いっぱいご飯を食べさせてあげるんだ」


それが、雪菜と冬馬の原点だった。


幼すぎる決意。だがそれは、何よりも真剣だった。


最初は取り合ってもらえなかった。ハンターギルドのマスターも、受付嬢も、年端もいかない二人に首を振った。だが、必死に頭を下げ、懇願する二人の眼差しに、次第に態度は変わっていった。


「討伐依頼は禁止だ。しばらくは採取や雑用だけだぞ」


そうして、二人はギルドに登録された。


その日、冬馬はネクサスの水路の溝さらい。雪菜は一人、森で薬草を探していた。


――安全なはずだった。


その森は、ハンターギルドが安全と定めた地域で、モンスターの出現報告は無い。だが、自然とは気まぐれだ。突然の異常発生など珍しくない。


雪菜が夢中で薬草を集めていたそのとき、不意に茂みが揺れた。


飛び出してきたのは、一頭のグレイウルフ。狼型の下級魔獣。新人でも倒せるはずの存在だった。だが、雪菜には武器も技術も無い。ただの子どもだった。


恐怖で足がすくむ。


逃げなきゃ。走らなきゃ。そう思っても、身体は動かない。


牙が迫る。息が止まりそうになる。


……だが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。


恐る恐る目を開けた雪菜の視界に飛び込んできたのは、泥だらけの姿でシャベルを構えた冬馬の背中だった。


「……雪菜!」


冬馬は駆け付けていた。


帰りが遅いことを気にして、溝さらいの手を止めて探しに来たのだ。


その身体には、戦う力など無いはずだった。


けれど、冬馬は戦った。無我夢中で、ただ目の前のグレイウルフから雪菜を守るために。


後から知ったことだが、冬馬は密かに訓練を続けていた。依頼の合間を縫って、誰に見せるわけでもなく。


だがその日、彼はまだ子どもであり、戦いには無力だった。


爪が肉を裂く。泥と血に染まる冬馬の姿。


雪菜は、ただ震えて見ていることしかできなかった。


――悔しかった。


それでも、冬馬は立ち上がった。何度倒れても、雪菜の前に立った。そして、満身創痍になりながらも、最後にはグレイウルフを打ち倒した。


「……遅くなってゴメン。大丈夫だったか?」


そう言って手を差し伸べてくれた。


雪菜は泣きながら、冬馬に抱きついた。


(私も…ううん、ボクも、冬馬みたいになりたい。強くなって、冬馬の隣に立ちたい。ボクは……冬馬のアイボーになるんだ)


その想いは、まだ名前のない感情だった。


だから雪菜は、それに「憧れ」という名前を与えた。


けれど、本当は――


それが何であるのか、雪菜はまだ知らなかった。


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