第29話:決断の代償
悩みましたが、投稿を再会しようと思います。
なお、この作品において、身体的・性別的な変化を含む描写があります。
本作においては、登場人物の苦悩や選択を物語として描くために必要な要素として登場しておりますが、特定の性自認・身体的在り方・価値観を否定する意図は一切ありません。
誰かを守るために、自らの在り方すら揺るがす決断をした雪菜の姿を通じて、「他者のために選ぶ強さ」について描こうとしたものです。
読者の皆様のご理解と、雪菜という人物へ応援を、どうかお寄せいただけましたら幸いです。
私の作品を読んで、もし、ご不快な思いをなさる方がいらっしゃいましたら、心からの謝罪を。
必ず報われます!
それから数日間――雪菜は宿から一歩も出てこなかった。
シャロンは何度か宿を訪れ、扉越しに声をかけたが、雪菜は決して顔を見せようとはしなかった。
「ごめん……しばらく一人にして……」
「少し……考えたいことがあるの」
その声は、どこかくぐもっていて、まるで魂が抜け落ちたようだった。
シャロンは胸を痛めつつも、強く扉を叩くことはしなかった。今は、無理に開けてはならない。そう直感したのだ。
その間も、冬馬の治療は続いていた。
ハンターギルド・トウキョウネクサス支部内の診療棟。ICUの一角に設けられた特別病室で、冬馬は静かに眠り続けている。
いや、「眠り」などという生易しいものではない。あれは――ほとんど「昏睡」だ。
シャロンの尽力により、命こそ繋ぎ止められたが、未だに意識は戻らず、反応もない。呼吸器と点滴の音だけが、室内に虚しく響いていた。
「お願い……冬馬……」
毎日、彼の手を握りながら、シャロンは魔力を振り絞って回復魔術を施し続けていた。
(私が諦めたら、誰がこの子を助けるの……?)
たとえ奇跡にすがるような希望でも、信じずにはいられなかった。
数日後の昼下がり。診療所の扉が、軋むような音を立てて開かれた。
そこに立っていたのは――雪菜だった。
「雪菜……!」
シャロンは思わず立ち上がる。が、次の瞬間、彼女の表情が凍る。
(……ひどい顔……)
窶れきった頬、荒れた肌、艶の失われた長髪。深い隈が目元に滲み、もはやあの雪菜の美しさすら、どこか遠くへと消えかかっていた。
「……久しぶり、シャロン」
「……来てくれて、良かった……本当に……」
思わず抱きしめたくなるような衝動を、シャロンは必死に押さえ込んだ。その前に、雪菜がぽつりと呟く。
「ありがとう……シャロン…冬馬を助けてくれて…でも……」
「……でも?」
「それじゃ、間に合わないんだ」
「……間に合わないって……どういうこと……?」
雪菜は唇を噛みしめ、歪んだ表情で答える。
「このままじゃ……ギルバートが、冬馬を殺す……」
その一言が、シャロンの胸に冷たい鉄杭のように突き刺さった。
「……まさか……」
「ボク……聞いちゃったんだ。ギルバート達が酒場で話してたのを、盗み聞きした」
雪菜の声は震えていた。怒りでも悲しみでもない。恐怖――それも、自分ではどうすることもできない、圧倒的な暴力への恐怖だった。
「“俺の女の心に、他の男がいることは許せない”って……“冬馬を始末しろ”って……ギルバートは、そう言ってた」
シャロンは、言葉を失った。
ギルバート・グレイモア――それほどまでに支配欲と独占欲に支配された男なのか。いや、彼のことを思えば……それはむしろ、当然の帰結だった。
「私たちじゃ……あの男を止められない……」
そう口にしたとき、シャロンの心にもまた、同じ無力感が広がっていた。
戦闘能力で言えば、今の雪菜のほうが自分よりも上だ。医療に特化したシャロンは、B級とはいえ、真正面から戦う力は持っていない。
(私が……もっと戦える力を持っていれば……)
悔しさが込み上げる。けれど、それでも状況は変わらない。
長い沈黙が、診療室に落ちた。
そして、先にその沈黙を破ったのは――雪菜だった。
「シャロン……お願いがあるんだ」
「……何?」
「……ボクを……ボクの身体を……男にして……」
その言葉を聞いた瞬間、シャロンの心臓が氷の針で貫かれたような衝撃を受けた。
「……な、何を言ってるの……?」
「ギルバートがボクを狙うのは……ボクが“女”だから。だったら、女じゃなくなればいい……男になれば……ギルバートは興味を失う。冬馬も、守れるかもしれない……」
その理屈は、絶望から紡がれた、切実すぎる願いだった。
シャロンは眼の前が暗くなるような感覚に襲われた。




