第28話:《砕けた意志》
かなり重い展開が続きますが、必ず逆転劇は来ます!
主人公達は幸せになります!
詳しくは書けませんが、どうか見守っていただけたらと思います。
ICUの前、冷たい床の上で――
雪菜とシャロンのふたりは、まるで電源を落とされた人形のように、その場で眠っていた。
いや、正確には気を失っていたのだろう。
心身ともに限界を超えていた二人。
その疲労は、感情すらも燃え尽きさせていた。
どれほど時間が経ったのだろう。
カーテン越しに夜の光が差し始めた頃、最初に目を覚ましたのはシャロンだった。
「……ここは……ああ……私……」
うわ言のように呟き、ぼんやりと周囲を見渡す。
ICUの扉、白く冷たい廊下。そして、そこにいるはずの少女の姿がない。
「……雪菜?」
名を呼ぶが、返事はない。
目を凝らして周囲を見渡すが、雪菜の姿は、どこにもなかった。
(……まさか、一人で……)
不安の芽が、心の奥底で静かに育っていく。
シャロンは立ち上がり、急ぎ医療棟を飛び出した。
◇ ◇ ◇
一方その頃――
雪菜は、ふらつく足取りでネクサスの夜の街を彷徨っていた。
その足取りは、生者のものではなかった。
その瞳に宿る光は、既に燃え尽きていた。
彼女が探していたのは、ギルバート・グレイモア。
会って、伝えるつもりだった。
「あなたのものになります」と。
(……シャロンがいてくれた。あの人が、冬馬の命を繋いでくれた……)
その事実には、感謝すらあった。
だが――
(……でも、次は?)
震えるほどの不安が、心臓を締めつける。
(次は、助からないかもしれない……)
それは直感ではなく、確信だった。
冬馬は、これまで何度も雪菜の知らない場所で命をかけて戦っていた。
今回のように、シャロンがいてくれるとは限らない。
――もし、今度こそ命を落としたら?
(そんなの、耐えられない……!)
たとえ、自分がギルバートの所有物になることになっても。
あの男のものになって、望まぬ関係に身を委ねることになっても。
(それでも、冬馬が生きていてくれるなら……)
その絶望的な選択を、雪菜は本気で受け入れようとしていた。
そうすることでしか、冬馬を守れないと思い込んでいた。
――歪んだ、捨て鉢の“愛”だった。
◇ ◇ ◇
どこをどう歩いたのか、記憶は曖昧だった。
誰かに場所を聞いたような気もするが、それすらも霞がかかったように思い出せない。
気がつけば、雪菜の前には一軒のバーがあった。
ギルバートが常連だという店。
ドアに手をかけようとした、そのとき。
――中から、ギルバートと取り巻きの会話が聞こえてきた。
雪菜の手が止まる。
無意識のうちに気配を殺し、耳を澄ませる。
「ギルバート様、あの冬馬とかいう野良犬……命は助かったらしいですよ?」
「ほう……死んだと思ったが。しぶとい奴だな」
ギルバートの声は、本当に死んだと思っていた者の軽さを孕んでいた。
「なんでも、子鬼の森に放ったジャガーノートを倒したとか」
「はっ、ありえねぇ。偶然に決まってるだろ。俺らでもソロでジャガーノートはキツイぜ」
「そうよ。C級でも厳しい相手なのに、あんな下っ端が?笑わせないでよ」
「奴はE級止まり。俺たちがちょっと圧力かければ、昇格も止まるような雑魚だ」
軽んじる言葉の応酬。
だが、雪菜の耳に刺さるのは、その無知さではなかった。
――彼らが、心底冬馬を“人間扱いしていない”という事実だった。
その中で、女の取り巻きが笑いながら言った。
「でも、これで雪菜さんもギルバート様のものになりますね。おめでとうございます」
「本当よ。あの女、自分がどれだけ幸運か理解してないのよ。ギルバート様に選ばれるなんて」
ギルバートは満足そうに笑い、グラスの酒をあおった。
そして――
「……で、冬馬のやつはどうする?」
「雪菜さえ手に入れば、もう放っておいても……?」
その瞬間。
ギルバートの気配が、凍りついた。
バーの外にいる雪菜にすら分かるほど、圧のような殺気が空間を満たした。
「――生かしておく理由があるのか?」
低く、静かな声。
「雪菜は、俺の女だ。
……俺の女の心に、他の男がいることを、俺は許さない。」
「す、すみませんッ!で、では……?」
「タイミングを見て――始末しろ。上手くやれよ。」
◇ ◇ ◇
雪菜は、ゆっくりとバーの前から立ち去った。
頭が割れそうだった。
視界が歪み、歩くことすらままならなかった。
誰かが声をかけた気もする。
宿に向かう道で、通行人とぶつかった気もする。
けれど、記憶に残っていない。
ただ一つ。
「冬馬が、殺される」
その言葉だけが、永遠に耳の奥で鳴り響いていた。
◇ ◇ ◇
宿へ戻った雪菜は、扉を開けると同時に閉め、
背中をそのまま預けて、ずるずると崩れ落ちた。
地面に膝をつき、両手で顔を覆う。
その身体から、感情はもう抜け落ちていた。
「……駄目だ……」
その声は、自分に言い聞かせるようで、同時に全てを投げ出すようでもあった。
「ボクが、ギルバートのモノになっても……冬馬は、殺される……」
目の奥で、黒い絶望がゆっくりと広がっていく。
「ボクが……女である限り…ギルバートは諦めない……冬馬は…助からない…」
そこにあったのは、抗う力すら失った少女の“諦観”だった。
**ポタリ……**と、虚ろな瞳から一筋の涙が落ちた。
それは、希望ではなく、死にゆく魂が流す最後の涙だった。
活動報告の方にも記載しましたが、本作は少し書き溜めるため、少々更新を停止させていただきます。
勝手な判断、申し訳ありません。
本作には、物語の展開上、本人の意志に反した性別変更(性転換手術)を強いられる描写が含まれています。
これは登場人物の苦悩や成長を描くためのものであり、現実の性別移行やLGBTQ+の方々を揶揄・否定・差別する意図は一切ございません。
また、物語中で登場人物が過酷な状況に置かれることもありますが、いずれもフィクションとしての演出であり、特定の誰かを批判する意図もありません。
こうしたテーマにご不快やご不安を感じられる方は、あらかじめご注意のうえ、ご自身のご判断でお読みください。




