第17話:指定任務《グロウジャガー討伐》
――数日後。
トウキョウ・ネクサスのハンターギルドに、一通の封筒が届いた。
封印の印は、本部直属。
ギルドマスターがその封筒を開いた瞬間、空気が重くなる。
そこには、E級任務の依頼書が入っていた。
《対象:E級魔獣グロウジャガー 数体の討伐》
内容だけを見れば、特段珍しい任務ではない。
むしろ、通常の依頼なら、支部内の掲示板に貼り出されて終わるだろう。
だが――おかしい点がいくつもあった。
一つ。
なぜ、本部から直接この程度の任務が支部へと送られてきたのか。
二つ。
依頼書の但し書きには、次のような指示が明記されていた。
「この任務は、指定された人物が単独で実施すること。
対象ハンター:冬馬」
三つ目。
それ以上に異様なのは、その最後に添えられていた警告だった。
「この任務は極秘扱いであり、内容の漏洩および任務拒否は認められない。
これに反した場合、対象本人、ならびに関係者全員に厳罰が科されるものとする」
支部長室には、重い沈黙が流れていた。
「……冗談じゃない。こんな一方的で不明瞭な命令、通せるかよ……」
ギルドマスターの握る拳が、机をきしませる。
その隣で、ベテラン受付嬢のアイリスが、険しい顔で口を開く。
「“関係者全員”って、あの子の……。雪菜ちゃんは確実に含まれるわね。下手すれば――孤児院も」
雪菜と冬馬は、子どものころからこの街で育ってきた。
ネクサス支部の人間たちにとって、家族のような存在でもある。
「こんなの……」
もう一人の若いスタッフが、震えた声を漏らした。
「……こんな無茶な内容、冬馬君に渡せませんよ……!」
しかし――だからといって、黙殺することもできなかった。
依頼書の端には、あろうことか本部の“高位承認印”が押されていた。
つまり、これは確かに“本物”である。
ギルドマスターは本部に連絡を取った。
極秘任務である以上、情報漏洩にあたるかもしれない――そのリスクを承知の上で。
だが、返ってきた回答は冷酷だった。
「依頼内容に誤りはない。ネクサス支部は、速やかに当人へ通達せよ」
それだけだった。
電話の受話器を置いたマスターの顔は、静かに怒りに染まっていた。
「ふざけるな……。これはただのE級依頼じゃねぇ。仕組まれた罠だ……」
だが、それが誰によるものか――口には出さなかった。
下手に名を出せば、支部全体に火の粉が降りかねない。
支部長室に集められた数名の信頼できるスタッフで、最終的な判断が下された。
「……これは伝えざるを得ない。それしか、守る道がない」
重い結論だった。
苦渋の選択。正義ではなく、現実に踏み潰された選択だった。
ギルドマスターは無言で、机に置かれた通話水晶に触れる。
「冬馬を呼び出せ。……すぐにだ」
同時刻。
街の片隅で、冬馬は道場の修繕作業を終え、ちょうど帰路についていた。
そこに、ネクサス支部からの急報が届く。
「ギルドマスターが、至急お前に話があるとのことだ。――すぐに、来てくれ」
冬馬は、一瞬だけ眉をひそめた。
だが、すぐに隠し、笑顔でうなずいた。
「わかりました。すぐに向かいます」
その背中に、微かな不安の影が――忍び寄っていた。