第14話:帰還、そして讃歌
十二人の仲間たちは、互いに肩を貸し合い、声を掛け合いながら、トウキョウ・ネクサスへの帰路についた。
皆、疲労困憊だった。とりわけ、雪菜、陸、そして冬馬。三人は満身創痍で、今にも倒れそうな状態だった。だが、不思議と誰一人、絶望や悲壮感を漂わせてはいなかった。むしろ、その顔に浮かぶのは、安堵と達成感。そして、確かな誇りだった。
冬馬の砕けた左拳には、陸が最後の魔力を振り絞って施した応急ヒールが施されていた。まだ腫れは残っていたが、どうやら後遺症は回避できそうだ。
「全く……勘弁してくださいよ。あんな無茶苦茶な戦い、しかもそれで生きてるF級なんて、初めて見ましたよ」
陸が乾いた笑いとともに言うと、冬馬も微笑を浮かべて返す。
「すみません、陸さん。でも……あなたの魔法がなければ、俺は今、ここにいませんでした」
短い言葉だったが、そこには互いの健闘と信頼を称え合う、確かな絆があった。
歩きながらの会話の輪は、他のメンバーにも広がっていた。
「さすがC級ハンターは格が違うな……」「ああ、あの変異種……間違いなくB級相当だった。普通じゃまず生き残れない」「C級の二人も凄かったけど……でも、冬馬さん……彼、本当にF級なんですか?」
誰かがそう呟いた瞬間、その場にいた全員の視線が、自然と冬馬に向かっていた。
「……確かに。あの強さ、あの判断力、あの速さ……Fどころか、もうDやCに混じっても違和感ないよ」「俺たちの中に何人か死者が出てたっておかしくなかった……それを防いだのは、間違いなく冬馬さんだった」
冬馬は、皆の視線に気づきながらも、あえて何も言わず、少し照れくさそうに鼻の頭をかいた。
それを少し後ろから見ていた雪菜の目が、やわらかく細められる。
(……やっと。やっとみんなが、冬馬を見てくれるようになった。やっぱり……冬馬はすごいんだから)
その時、不意に女性ハンターがぽつりと呟いた。
「冬馬さんって……カッコいいよね……」
雪菜の耳がぴくりと動いた。動いたが、顔には出さない。声にも出さない。
代わりに、内心で深呼吸する。
(……うん、うん。冬馬が人気なのは、いいこと。いいことなんだけど……!)
そのまま一行はネクサスへと帰還し、ギルドにて詳細な報告と、討伐の証拠となる魔物の一部を提出した。
報告を受け取ったギルド内は、瞬く間に騒然となった。
ハイオーガの変異種――しかも、B級相当とも目される個体の出現。それをC級以下の構成だけで討伐したなど、前代未聞の事態だった。
一人の死者も出さず、重傷者も最小限。
本来なら、B級ハンター複数を動員するべきだった規模の任務である。
ギルドマスターは事の重大さを重く受け止め、詳細な報告を求めた。
だが、雪菜、陸、冬馬の三人に関しては、消耗が激しすぎるとして、事情聴取を免除され、治療と休息を優先されることになった。
陸は、そのまま自身の所属する中堅ハンター事務所へと戻っていった。別れ際には、仲間たちに短くも確かな敬意を送る。
「……おかげで生きて帰れました。ありがとう。また、どこかで一緒にやりましょう」
そして、冬馬と雪菜はギルド併設の治療院――シャロンの元へと足を運んだ。
「まったく……ふたりとも、こんなになるまで……災難だったわね」
シャロンはそう言って、二人をそっと抱きしめるように迎える。そして、ほんの少しだけ照れながら口を開いた。
「治療費? もちろん免除よ。だって、これはもう特別任務達成祝いでしょう?」
片目でウィンクをひとつ。
その冗談混じりの厚意に、二人は苦笑を浮かべながら、同時に呟いた。
「こりゃ……シャロンに頭が上がらないな」
そして、治療を終えた二人は、それぞれの宿へと戻り、泥のように眠りに落ちた。
――そして、明くる朝。
ハンターギルドの受付フロアは、かつてないほどの賑わいを見せていた。
ガストワイバーン戦に続き、上級ハンター抜きでの異常任務の成功。しかも死者ゼロという偉業。
これは完全に異例だった。
すぐに昇級審査と報酬配分の検討が行われた。
雪菜と陸のC級二人は、昇級こそ保留されたものの、功績を称えられ特別報酬が与えられた。
E・F級の計6名は、一つずつランクを昇級。
D級の三人は、昇級は持ち越しとなったが、やはり特別な追加報酬が贈られた。
――そして、冬馬。
遠征に参加した11名の全員が、口を揃えて冬馬の活躍を報告した。
過剰評価ではないかと一部の審査員が疑問を持ち、後に現地の戦闘跡を確認したが、逆にその痕跡は報告を裏付けるものでしかなかった。
数日後。
冬馬のもとへ、一通の封書が届いた。
中には、丁寧に書かれた文面と、ギルドの印章が押された一枚の書類。
《通達》
冬馬殿
貴殿の今回の任務における活躍と貢献を評価し、
正式にEランクハンターへの昇級をここに通知する。
それは、長く低空を飛び続けた男にとって、初めての"風向きの変化"だった。
(……やっと、だな)
冬馬は静かに笑った。
そして、すぐにその書類を、机の引き出しの中へと大切にしまい込んだ。