第12話:異形の咆哮
それは森の奥から、土煙を上げて駆けてきた。
ただの突進ではない。両腕を地に突き、獣のような体勢で四足となり、風を裂く速度で——異形が現れた。
「っ……来る!」
雪菜が咄嗟に魔法詠唱に入る。
「《サンダーボルト!》」
雷光が唸り、異形を貫く。
中級雷魔法の中でも上位に位置する一撃——だが、異形は怯まなかった。肉体が焼ける音と共に、瞬時に傷が塞がれていく。
(なに……!? 回復力が……ハイオーガ以上!?)
異形の狙いは明確だった。狙いは冬馬ではなく——F級の三人。
弱者から確実に潰していく、極めて冷酷で、知的な判断。
「させるかよ……!」
冬馬の足元に魔力が迸る。
「《サードアクセル!》!」
強化能力を3倍まで開放。
一瞬で強個体のオーガ二体を撃破し、異形の進路に飛び込む。
「むんっ!!」
腰を捻ったストレートが異形の胸板にめり込む。鈍い音と共に、肉が凹む。
だが、その傷もすぐに再生。異形の右腕が唸りを上げて振り下ろされた。
「っぐあっ!!」
冬馬はガードしたものの、巨腕の衝撃に空中へ吹き飛ばされ、背後の樹木に叩きつけられる。
陸はすぐに動いた。
「治癒魔法!」
冬馬に回復を施しつつ、D級3人に《シールドヴェール》を重ねがけする。
その判断と速度は、さすがC級の貫禄だった。
だが、異形はそれすら見逃さない。
カバーに入った三人のD級に頭から突進し、シールドごと三人を吹き飛ばした。
「くっ……!」
雪菜はすでに次の手に入っていた。
剣を構え、魔力を解放する。
「《ツインマジック・エレメンタルソード》!!」
雷と炎、二重の魔力が剣を覆う。
雪菜は寸前で、F級の三人へ振り下ろされようとしていた異形の右腕を、斬り落とした。
(よし……!——え?)
次の瞬間、視界が宙を舞った。雪菜の身体が吹き飛ばされ、地面を転がる。
「いった……ッ!」
痛みの中、異形の姿を見やる。右腕を切られた瞬間に、雪菜の腹へ蹴りを放っていたのだ。
陸がすぐに治療に駆け寄るが——
「っ! くっそ……!」
異形は切り落とされた自らの腕を拾い、巨大な筋肉の塊を陸めがけて投げつけた。
避けきれず、腕が直撃。陸の身体が横転し、腕が不自然な角度に折れ曲がる。
異形がゆっくりと立ち上がる。
その体躯はハイオーガを一回り超える巨躯。
皮膚は赤黒ではなく、墨を流し込んだような漆黒。明らかに異質。
(ハイオーガの……変異種!?)
雪菜は立ち上がろうとする。身体を押し上げ、周囲を確認する。
F、E級のハンターたちは、かろうじて無事。D級も致命傷ではない。
陸は——腕が折れているが、なお回復魔法を仲間に向けて放っている。
そして、冬馬。
すでに立ち上がり、呼吸を整えていた。
目は静かに、だが確実に、異形を捉えている。
「……なら、行くか」
「《フォースアクセル!!!》」
4倍強化。 現在、冬馬が扱える限界の強化。
異形の懐に飛び込み、拳を叩きつける。連撃。膝蹴り。肘。
的確に人体の急所を狙う、訓練と実戦で磨いた格闘技の真骨頂。
だが、回復する。
違う。 決定打が入っていないのではない——急所が人間とは微妙に違うのだ。
「だったら……!」
冬馬は腰を低く落とし、地を蹴って滑り込むように変異種の足元へ。
両足を蹴り上げ、金的に向けて、凄まじい力で打ち上げる。
「はぁああっ!!!」
打撃が深くめり込み、変異種が呻き声を上げる。が、構わず両手を振りかぶり——
「……っく!」
冬馬は腕をクロスして防御。地面がえぐれ、骨が軋む。
「ぐおっ……! くそ……! 4倍じゃなきゃ今ので終わってた……!」
それでも、冬馬は距離を取りながら呟く。
「……時間は、稼いだぞ」
冬馬の決死の立ち回りにより、全員が再配置を完了していた。
しかし——
「すみません……」
陸がうつむきながら口を開く。「使える魔法は、あと2〜3回が限界です……」
それも当然だった。ここまで、回復も補助も——陸一人が支えていたのだ。
今や立っているのもやっと。満身創痍の状態。
完全な誤算だった。よもやこのようなモンスターが潜んでいたとは。
ターゲットに集中するあまり、気配を探るのを怠った。
(ボクの責任だ…)
雪菜は苦い顔をする。
サポート役が陸1人というのも、明かなミス。
多少無理してでも、最低あと1人は、探して連れてくるべきだった。
こうしている間にも、強個体オーガの攻撃も続いてる。
各々ポーションで回復はしているが、使っているのはローポーション。
心許ないし、もう手持ちもあまりないだろう。
ここに来て、雪菜の隊を率いる経験の少なさが 悪い方向に作用してしまった。
もう、みんなに功績とか言ってる場合ではない。
雪菜は気持ちを切り換える。
雪菜は立ち上がり、剣を構える。
血が頬を伝うが、瞳は曇りなく、ただ前を見据えていた。
「冬馬」
「……ああ」
二人は目を合わせ、わずかに頷く。言葉はない。だが、すべてを共有していた。