第10話:冬馬という男
一行は、緑の茂る街道を進んでいた。
目指すのは、北方の森林地帯――そこにオーガの群れが現れたという情報があった。
道中に現れるモンスターは、脅威というには程遠い。
スライム、コボルト、ゴブリン、そしてグレイウルフ。
脅威度で言えばG〜F級の小型個体ばかり。
とはいえ、油断は禁物だ。群れを成せば、それなりに厄介となる。
冬馬は、前線に出過ぎることなく、それでいて確実に動いていた。
モンスターを倒すだけではない。
他のハンターたちに活躍の機会が回るよう、巧みに距離を調整し、立ち回る。
無駄な殺意はなく、派手さもない。
ただ、的確で無駄のないその動きは、徐々に他のハンターの目にも留まり始めていた。
「……あいつの動き、悪くないよな?」
「っていうか、F級って聞いてたけど……ウソだろ?」
「私、後衛なんだけど……今までで一番動きやすいかも。あの人、前方のラインを絶妙に押さえてくれてて」
「ちょっと足を滑らせて危なかった時、助けてくれたの、あの人だった……」
冬馬は、黙々と戦い、黙々と仲間を支えていた。
気を衒うことも、無駄に目立とうとすることもない。
ただ、誰よりも“仲間のため”を考えた動きをしていた。
少しずつ。だが、確実に。
冬馬の評価が、隊の中で見直され始めていた。
その様子を後方から見守る雪菜の顔には、抑えきれない喜びが滲んでいた。
「……うんうん! やっと、みんな気づき始めた……。そう、そうなんだよ。冬馬は……すごいんだからっ」
それはまるで、自分のことのように嬉しそうな笑顔だった。
しかし雪菜は、決して浮かれてはいなかった。
油断せず、全体の戦況に目を配り、仲間の動きにも注意を払っている。
必要以上に自分が戦果を挙げてしまえば、冬馬や他の下位ランクハンターたちの立場を食ってしまう。
だからこそ、あえて一歩引いた位置に立ち、警戒態勢を保ちつつも、皆の成長と信頼構築のために“任せている”のだ。
その配慮は、彼女の強さと人間性を知る者たちにも、しっかりと伝わっていた。
「雪菜さんって、人気あるの分かるわ……」
「同性だけど憧れちゃう。綺麗で強くて、でもちゃんと周りも見えてる」
「冬馬さんと雪菜さんって、なんか理想のパートナーって感じ」
「俺、以前冬馬さんに手を貸してもらったことがあってさ……なんであの人がF級のままなんだ?」
その声に、雪菜は何度もうなずき、冬馬は少し照れくさそうに鼻の頭をかいた。
(……やっと。やっと冬馬に陽が当たり始めた。
これから、もっと……もっと先へ……)
遠征隊の雰囲気は、最初の緊張と硬さが嘘のように、柔らかくなっていた。
雪菜の気配りと、冬馬の誠実な働き。それが隊の空気を変えたのだ。
そして——
日が落ちる頃、一行は目的地へと辿り着いた。
そこは、鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いた広場。
地面には、巨大な足跡。木々はなぎ倒され、黒い血の跡も残る。
「……ここが現場か」
雪菜が低く呟く。
隊の面々が、緊張した面持ちで武器を構える。
これまでは“旅”だった。
だが今から始まるのは、明確な“戦闘”だ。
気配が変わった。
空気が張りつめる。
「ここから先は、気を抜かないで」
雪菜の声が、静かに全員を引き締める。
そして、冬馬もまた、両の拳を握る。
寒気が背筋を走る。
何かが来る。
——そして、それは森の奥から、ゆっくりと現れた。
高さ三メートルを超える、大柄な影。
突き出た牙。膨れ上がった筋肉。そして、血の臭い。
「……ハイオーガ」
誰かが呻くように呟いた。
初日から、波乱の予感が立ちこめる。