第9話:王都へ! 鍋と旅路と、屋台の誘惑
「王都へ出発よ!」
その朝、屋敷の門前で両手を腰に当てて高らかに宣言するヴィクトリア。
彼女の後ろには、護衛騎士と使用人たち、それから荷馬車に荷物を積み込む商人隊。
「いや、思ったより本格的な旅路なんだね……」
「もちろんよ。王都までは五日。しかも料理大会に出るからには、途中で“味の鍛錬”も必要でしょう?」
「旅先でも鍋振るの前提なの!?」
「当然。旅鍋って、聞いただけでロマンを感じない?」
美咲はため息をつきながらも、鍋を抱えて馬車に乗り込んだ。
ユヒは鍋の中から、浮かんでは沈み、浮かんでは沈み。
「うぃ~、旅鍋にゃ旅酒だな……」
「未成年……じゃないけど鍋が酒飲むな」
◆◇◆
一行は山間を越え、森を抜け、二日目の午後、にぎやかな宿場町に辿り着いた。
「せっかくだし、ここで何か買い食いでも……」
「それなら“火の市通り”ね。名物屋台が並んでるわ!」
案内された通りには、香ばしい匂い、湯気、歓声。
屋台から屋台へと人々が行き交い、串焼き、汁物、甘味……あらゆる料理が美咲の鼻と胃袋を刺激してくる。
「……誘惑がすごい」
「でも、美咲。ここでの“食の観察”は重要よ。王都の料理人たちも、旅の途中でここを通るの。ある意味、最初の戦場」
「戦場でコロッケ食ってる感じなんだけど……」
そう言いつつも、鍋に入れる素材を吟味する美咲。
すると――
屋台のひとつで、小柄な少年が、焦げた串焼きを前にしょんぼりと立っていた。
「……思ったより、美味しくなかった……」
その呟きに、美咲は足を止めた。
「ねえ、君。お腹空いてるの?」
少年はびくりと振り返る。
「う、うん……」
「なら、ちょっと付き合ってくれない? 今、“味の鍛錬中”でさ。スープをひとつ、試してもらいたいの」
そう言って、屋台の裏に鍋を設置し、持ち歩きの食材を手早く刻み始めた。
干しトマト、塩漬けの肉、屋台で買ったパンの切れ端。
それらを煮込むと、鮮やかな紅のスープが出来上がる。
「お待たせ。これは“パンとトマトの再生スープ”。失敗した味も、こうすれば立派なご馳走になるんだよ」
少年はおそるおそるスプーンを口に運び――
瞳を見開いた。
「……あまい? でも、しょっぱい……でも、なんか……泣きそう」
「正解。それ、全部入ってるスープだから」
少年の頬に涙が伝うのを見て、周囲の屋台主たちがざわつき始める。
「おい、あの女……鍋から光が……」
「ふへへっ。俺様がちょいと味を補正してんだよなァ」
ユヒの得意げな声が漏れ、あちこちから「魔鍋だ!」の声。
「ほらまた始まった……」
◆◇◆
その夜、宿に戻った美咲は、鍋に蓋をしてベッドに倒れ込んだ。
「……味の旅路って、ほんと体力使う……」
「でも、誰かの“まずかった記憶”を“うまかった想い出”に変えられるのって、すごいことだと思うわ」
ヴィクトリアの言葉に、美咲は小さく笑った。
「このまま行けば、王都の味も、きっと変えられるかもしれないね」
そして、窓の外。夜空の彼方には、王都の明かりが、かすかに瞬いていた――。
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
再生のスープ“失敗作”や“残飯”を素材に、感動的な料理を生み出す精神的なトラウマにも作用
屋台補正(習得)屋外や旅先での料理効果が強化される材料の質が悪くても一定の補正
“味の共感”食べた者の記憶や感情にリンクし、スープの効果が個別に変動信頼度上昇/場合によっては涙を誘う
▽ あとがき
今回は旅路のエピソードでした。
「スープで少年の涙を誘う」――こういった、“ちいさな感動”が物語の軸でもあります。
次回は、いよいよ王都に到着。
**第10話『王都到着!料理大会、開幕と仮面の挑発』**にて、ついにマスカレイドと対面…?
ライバルキャラや舞台演出にもご注目ください!
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