第6話:精霊とスープと、城下の騒動
「このたびは、本当にありがとう。料理長も、鍋も、私も……全部あなたに救われた気分よ」
エルミナ侯爵家の屋敷の一角、バルコニーにて。
ヴィクトリアは紅茶を飲みながら、美咲に微笑みかけた。
「そんな大げさな……私は、ただ料理を作っただけだよ」
「でも、それができる人って、実はすごく少ないのよ。食べる人のことを、ちゃんと想って作れる人」
そう言うヴィクトリアの言葉に、美咲は肩をすくめた。
褒められると照れるし、それに――
(……この鍋、本当に“何か”いるよね?)
昨日の鍋の微かな発光。あれは気のせいじゃなかった。
鍋の底に、うっすらと紋のようなものまで浮かび上がっていたのだ。
そんな折、屋敷にひとりの騎士が駆け込んできた。
「ヴィクトリア様、大変です! 城下で“味覚障害”を引き起こす奇病が流行しております!」
「味覚障害……!?」
「屋台で出された煮込み料理を食べた者が次々と、“味がしない”“舌がしびれる”などの症状を訴えています」
「料理が原因の可能性……!」
ヴィクトリアの表情が険しくなる。
「美咲。お願い、私と一緒に城下へ来て。あなたの味覚と、その鍋の力が必要なの!」
「……お、おう。まぁ、断る理由もないし」
美咲は鍋を携え、ヴィクトリアとともに屋敷を後にした。
◆◇◆
城下の広場には、すでに人だかりができていた。
「味がしない!」「誰か医者を呼べ!」
「俺の屋台が原因じゃねぇ!食材の問題だ!」
騒ぎはすでに小競り合い寸前。
ヴィクトリアが声を張り上げる。
「皆さん、落ち着いてください! この者、美咲は“味の治癒師”です!」
(それはちょっと盛りすぎじゃない!?)
案の定、騒ぎの中心から怪訝そうな視線が美咲に集中する。
「ほら、魔鍋の女だ……!」「こいつが呪ったんじゃねぇのか……?」
そんな声が上がり始めたとき――
「おい、今ここで、鍋を使って料理してみろよ。それで毒でも出たらお前が犯人だ!」
無茶ぶりである。
だが、美咲は、にっこりと微笑んだ。
「いいよ。材料と水があれば、すぐに作ってみせる」
即席で借りた屋台の鍋台に、持ち歩いていた食材を並べる。
保存野菜、乾燥キノコ、少しの米、そして――“例の鍋”。
火にかけ、ゆっくり煮込む。
ふわりと立ち上る湯気に、群衆が自然と静まり返る。
そのとき、鍋の中から――
「……おい……さわるな……あちぃだろ……」
……声がした。
「……い、今……?」
「今、誰か……鍋、喋った!?」
周囲がざわつく。美咲は固まった。
「え、なに? 鍋? 今の鍋? 鍋が……喋った!?」
鍋の中から、湯気が小さく渦を巻くように立ち上がり、
その中に、小さな顔のような“精霊の姿”が浮かび上がっていた。
「おめーら、騒ぎすぎ。……原因、あれだ。そこのスパイス袋。混じってるの、毒茸由来の粉末」
精霊が指し示した先には、城下の男が持っていた香辛料袋があった。
調査の結果、誤って混入した“シビレ茸”の成分が判明。
屋台主は無罪、仕入れ先に問題があったと分かり、騒ぎは一段落した。
そして、鍋精霊(仮)は、再び湯気の中に溶けるように消えていった。
「……精霊だったのかな……本当に」
「鍋が喋る日が来るなんて、思いもしなかったわ」
ヴィクトリアは楽しそうに笑いながら、美咲の肩を軽く叩いた。
「でも、これではっきりしたわね。あなたの鍋には、“味の奇跡”が宿ってるって」
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
鍋精との対話鍋に宿る精霊と一時的に意思疎通が可能になる発動時、第三者にも“声”が聞こえる
解毒鑑定(鍋)鍋に入れた素材の毒性を感知精霊の判断によって詳細分析可能
鍋場の説得力鍋料理中、説得・弁明の成功率が上昇精霊の声が“証拠”になることも
▽ あとがき
今回は新展開、「精霊」との邂逅を描きました。
今後、鍋にはこの“声を持つ存在”が常駐するようになります。名も性格も徐々に明らかにしていきます。
料理はただの料理ではなく、“世界と通じる魔法”になる――
そんな異世界スープ譚、これからもよろしくお願いいたします。
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