第5話:鍋の底から現れた、ひと匙の奇跡
厨房の空気は、張り詰めた緊張で満たされていた。
向かい合う二人――
一方は、老練の料理長バルドン。もう一方は、異世界素人の元料理人・美咲。
そして審査員席には、ヴィクトリアとその父・エルミナ侯爵が静かに座っている。
「審査は私が行う。勝った方の料理人を“正規の厨房利用者”として認めよう」
侯爵の言葉に、使用人たちの間にもざわめきが走った。
(やるしかないか……でも、やるなら最高の一皿で)
美咲は鍋に目をやった。
異世界の保存肉“レッサーバイソン”、根菜、木の実、香草。
火にかけ、湯を回し、素材を馴染ませていく。
「……最後の仕上げは……」
ポーチの奥から、彼女はそっと“秘密兵器”を取り出す。
それは、転移直前にカバンに忍ばせていた“乾燥味噌”――。
「よし、いくよ……“和の一撃”」
一方、バルドンの料理は豪華だった。
香草焼き、濃厚なクリームソース、彩り豊かな付け合わせ。
まさに、王宮クラスの逸品。
「では、バルドンの皿から」
侯爵がナイフを入れる。
肉の焼き加減は絶妙、香りも豊か、文句のつけようがない。
「……うむ、技術は確かだ。だが、どこか……形式的だな」
続いて、美咲の鍋が運ばれた。
蓋を開けると、素朴な香りが広がる。
味噌と肉と根菜の滋味が、鼻腔を、そして記憶を刺激するような――。
「……何だ、この懐かしさは……?」
一口含んだ侯爵の目が、かすかに見開かれた。
「これは……かつて、戦地で食べた簡易鍋……あの時の……」
「えっ」
「この味は……空腹を満たすだけじゃない。心を……戻してくれる味だ」
侯爵は言葉を失ったまま、静かに鍋を空にしていった。
「勝負ありだな」
バルドンが頭を垂れる。
「……技術では勝っていたつもりだったが、あれには……心がある。私の敗けだ」
「いえ、私の料理はまだまだです。でも、鍋があれば……伝えられるものがあると思ってます」
そう答える美咲の背後で――
鍋が、ふわりと小さく輝いた。
まるで“何か”が、満足したかのように。
「……この鍋、やはり……ただの道具ではないようだな」
侯爵がぽつりとつぶやいたそのとき、ヴィクトリアがくすっと笑った。
「でしょ? だから言ったのよ。“魔鍋使い”じゃなくて、“鍋の魔法使い”だって」
その横顔には、昨日よりも少しだけ、優しい光が宿っていた。
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
味噌の記憶味噌を使った料理に、精神回復と懐古補正が付与相手の過去と共鳴することがある
鍋精の共鳴(発現)鍋に宿る小精霊と一時的に共鳴し、料理効果が上昇使用後、鍋が微かに輝く
心のひと匙食べた者の“心の弱点”に応じて効果を変化隠された感情に作用する可能性あり
▽ あとがき
ご覧いただきありがとうございます。
第5話では、初めての“料理勝負”が描かれました。
料理の力で人の記憶や心に触れていくのが、この作品のコアテーマです。
鍋には精霊の気配がありました。
それは“ただの道具”ではないかもしれません――。
今後も、鍋が導く出会いや奇跡を、ゆるやかに描いてまいります。
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