第4話:屋敷で鍋を振るうな!?
広大な門をくぐった先に広がるのは、石造りの威風堂々たる館。
庭は丹念に整えられ、噴水は陽光を反射して宝石のように輝いていた。
「すっご……ここ、ガチの貴族の屋敷じゃん……」
ぼそりと呟いた美咲の言葉に、ヴィクトリアは小さく笑う。
「当然でしょう?私、エルミナ家の令嬢ですもの」
(っていうか、やっぱり悪役令嬢のテンプレじゃないのコレ!?)
美咲の頭の中には、過去に読んだ“婚約破棄もの”や“ざまぁ展開”の小説がよぎっていた。
ただ、今のところ、ヴィクトリアは悪役というより“食いしん坊なお嬢様”だ。
「お父様にご紹介するわ。屋敷でしばらく保護するって言ってあるから、安心して」
「え、紹介って……私は料理人よ? そんな大げさにしなくても――」
「ダメよ。鍋と一緒に突然現れた不審者が、勝手に屋敷にいたら、もっと面倒でしょ?」
そうして、美咲は連れて行かれた。
屋敷の奥、広い書斎。
重厚な机の奥に座るのは、灰髪に鋭い眼光を持つ男――エルミナ侯爵。
ヴィクトリアの父であり、帝国の有力貴族のひとりである。
「……貴様が、“魔鍋の女”か」
開口一番、それである。
「ちょ、ちょっと!パパ、誤解も甚だしいわ!」
「いやまあ、否定はしませんが、誤解されるのは正直疲れます……」
美咲は肩をすくめつつ、丁寧にお辞儀をする。
「私は美咲。ただの料理人です。ヴィクトリア様の体調が悪そうだったので、鍋でスープを作っただけで……」
「そのスープで、我が娘の持病を抑えたという報告が来ている。医師も驚いていた」
(……え、あの“疲れただけの風邪”みたいなやつ、持病だったの!?)
「……その鍋、見せてもらえんか」
エルミナ侯爵の言葉に、美咲はそっと鍋を差し出す。
彼はしばらく目を細めてそれを見つめると、ぽつりと呟いた。
「……この鍋には、“癒しの精”が宿っているな」
「は?」
「魔道器とは違う。だが、確かに精霊の気配を感じる……お前、この鍋で“もう一品”作ってみせろ」
「え、ここで!?」
「厨房は使わせてやる。……鍋の実力、確かめさせてもらうぞ」
◆◇◆
案内された厨房は、まるで宮廷のような設備だった。
ただ――
「……誰が、こんな得体の知れぬ女に厨房を使わせるか!!」
現れたのは、ピリピリした雰囲気の“正料理長”。
白髪混じりの頑固そうな初老の男が、仁王立ちしている。
「料理は我らの誇り。貴族の厨房は、素人の遊び場ではない!」
(うわ……この展開、来た……料理無双系のお約束来た……)
それでも美咲は、にこやかに頭を下げた。
「じゃあ勝負しますか?どっちが“胃袋を掴む料理”を作れるか」
「……貴様……面白い。望み通り、叩き潰してやる」
「叩かれる前に食べさせます」
勝負のテーマは、「一皿で侯爵を満足させる料理」。
相手は熟練の料理長。
美咲の武器は、愛用の鍋と、異世界で手に入れた食材、そして――
「……冷蔵庫がないなら、保存肉と野菜の組み合わせでいくしかないか」
彼女の頭に浮かんだのは、“あの定番料理”。
「鍋、出番よ――」
美咲はそう呟くと、手早く火を起こし、刻んだ食材を次々と投げ込んでいった。
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
精霊の気配察知精霊が宿る素材に反応しやすくなる鍋を通じて共鳴することで発動
食の挑戦(潜在)料理勝負で集中力と感覚が向上観衆が多いほど効果上昇
“おふくろの一撃”食べた者の精神に直接訴えかける味わいを生む成功時、信頼値+50相当
▽ あとがき
今回は、ついにヴィクトリアの実家=エルミナ侯爵家の登場回でした。
「貴族社会で料理人としてどう立ち回るか?」というのが今後の鍵になります。
次回は料理勝負の決着と、“鍋に宿る精霊”の正体が少しだけ明かされます。
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