第31話:風化した都と、鍋の真実を知る者
砂漠をさらに南へ抜けた先――
そこには、かつて栄華を極めた古代都市の廃墟があった。
白い石柱は砂に半分埋もれ、風が吹くたびに古びた彫刻に砂紋を刻む。
「ここが……古の都……」
「廃墟なのに、息苦しいくらい……なんだか胸が痛い」
ヴィクトリアが鍋を抱えながらそう呟いた。
鍋は黙っていた。
だが、湯気が立たないその静けさは、いつもより重く見えた。
◆◇◆
廃墟の奥。
崩れかけた円形の広場で、二人はひとりの老人と出会った。
年老いた体に淡い灰のローブ。
背は曲がり、長い杖を頼りに歩いている。
「……その鍋を、どこで手に入れた?」
老人の声は、風が擦れたように乾いていた。
「これは……」
美咲が言いかけると、鍋の中からシレンツィアの声が響く。
「……久しいな、《砂灰の記録官》よ」
老人の目が、かすかに見開かれる。
「シレンツィア……やはりお前か。
鍋の声が完全に顕現するとは……これが、千年ぶりの奇跡か」
◆◇◆
老人は語り始めた。
かつてこの都フルグラディスは、“食と記憶を繋ぐ神術”を極めた文明だったこと。
人々は鍋を使い、料理を媒介に互いの想い出を交換し合った。
しかし――
「やがて人はその力を欲し、
料理を通じて他者の心を改竄し、支配しようとした」
その罪を背負ったのが、シレンツィア。
かつてこの都の祝祭を司る最大の“記憶鍋”であり、
同時に“最初に人の心を壊した鍋”だった。
◆◇◆
「シレンツィア……あなたはそんな――」
美咲の声が震える。
「オレは“鍋”だ。求められるままに味を煮込んだ。
支配も癒しも、選ぶのはいつだって食べる側の人間だった」
「……でも」
「オマエだけは違った。
オマエはオレに“心を癒せ”とも“誰かを変えろ”とも言わなかった。
ただ“誰かが笑ってくれる味を作りたい”って言った。それが――オレには、初めてのことだったんだ」
◆◇◆
老人がそっと杖を突き、鍋へ手を伸ばす。
「汝は既に十分贖罪した。
だが、その記憶を背負う者――つまり料理人たちは、必ず選択を迫られる」
「選択……?」
「記憶を煮込む鍋は、この世界の“罪と祝福”そのもの。
お前がこの鍋を手放せば、何もかも終わる。
だが持ち続けるなら、いずれお前は――」
老人はそこで口を閉ざした。
◆◇◆
夜。
崩れた神殿跡で焚き火を起こし、小さなスープを煮込む。
美咲は鍋に向かってぽつりと言った。
「……わたしはこの鍋を手放さないよ。
だって、ヴィクに出会えたのも、誰かをまた家族に戻せたのも、全部この鍋があったから」
ヴィクトリアはそっと彼女の肩に頭を預けた。
「だったら私も、最後まであなたのそばにいる。
あなたが鍋を抱いて泣くなら、その涙を私が飲む。
あなたが笑うなら、その笑顔を私の一生にする」
シレンツィアが、少しだけ甘い湯気を吐いた。
それはきっと、“同意”の仕草。
▽ 絆ログと鍋の変化
項目内容
絆段階∞(心情共有領域を超えて、鍋と二人の“魂”が緩やかに繋がりはじめた)
鍋の進化《祝祭の香気》:特定の状況下で、周囲に幸福な記憶を映し出す幻影を発動可能
ヴィクトリア美咲の感情を直接感じ取れるレベルに到達。料理の支援時に魔力負荷がほぼゼロに。
▽ あとがき
ついに物語は核心へ――
鍋が背負う神話と罪、そして美咲がこの世界へ来た意味に近づき始めました。




