第28話:森の中の屋台街、甘い罠と塩辛い涙
「わぁ……!」
森の奥、泉のほとりに、色とりどりの布張りの屋台が並んでいた。
森で採れた蜂蜜菓子、川魚の香草焼き、野生葡萄の酒――
人々が小さな松明を手に賑わう、月夜市だった。
「楽しそうね、美咲」
「うん。でも……ちょっと緊張するかも」
「どうして?」
「こういう場所って、誰かと来るから楽しいんだよ。ヴィクがいなかったら、私、怖くて入れなかった」
ヴィクトリアは少し照れたように、けれど得意げに胸を張った。
「じゃあ今日は私が“隣にいる理由”を見せてあげる」
◆◇◆
屋台を眺め歩いていると、楽しげな声が響いた。
「よぉおふたりさん! 寄ってかないか? “恋の焼き林檎”だよ!」
「恋の……?」
店主は目元に笑い皺を浮かべた中年の男。
半分に割った林檎に蜂蜜とバターを落として焼き上げるそれは、香りだけで胸が高鳴る。
「これを一緒に食べた相手とは、ちょっとした“運命”が結ばれるって話さ。
嘘か本当か、そこはお客さん次第だがね」
「……じゃあ、ふたりでひとつ」
ヴィクトリアがそう言った。
美咲は少し頬を赤らめながら、林檎を一匙すくう。
甘い。けれど、ちょっと塩辛い後味がした。
◆◇◆
「……ヴィク。なんか、塩……」
「そ、それは……お、お店の隠し味じゃない?」
ヴィクトリアの声がわずかに上ずる。
美咲は気づく。
彼女の目尻が、きらりと光っていた。
「泣いてる?」
「泣いてないわよっ……ばか」
「……そういうのは、ばかって言わないんだよ」
そっと、ヴィクトリアの手に自分の手を重ねる。
「私さ。これから先も、鍋でいろんな味を作るけど……
たぶん一番忘れられないのは、この林檎の味かもしれない」
「……なんで?」
「だって、“恋の味”ってちょっと塩辛いんだなって思ったから」
ヴィクトリアはぷいっと顔を背けたが、
次の瞬間、しっかりと指を絡め返してきた。
◆◇◆
屋台街の外れ、小さな焚き火を起こし、鍋を掛ける。
今日は屋台で余った野菜のスープ。
香ばしい屋台の残り香が移って、いつもよりほんの少し甘かった。
「この匂い……なんだか不思議。甘いのに、胸の奥がぎゅっとなる」
「ねぇヴィク。さっき泣いてた理由、聞かないけど……
でも、泣きたいときは、私のスープにしなよ」
「……そんなの、言われなくても知ってる。
私はもう、あなたのスープじゃなきゃ、泣けないから」
美咲は、鍋をひと混ぜしながら、小さく笑った。
夜の森に小さな音が響く。
それは焚き火の音であり、鍋の音であり――
ふたりの鼓動の音だった。
▽ 絆ログと鍋の変化
項目内容
絆段階SS+(恋愛未満の深度から、確実に“依存”と呼べる領域へ)
鍋スキル:《共鳴温度・微熱》感情が強く揺れた際、スープが自動で香りを変化させる
レヴォニアヴィクトリアの動揺に共振し、鍋の味に“泣ける余韻”を追加してしまった
▽ あとがき
今回は、派手な戦いもなく、ただ屋台街で出会った小さな恋の罠――
そして少しだけ塩辛い涙の味を描きました。
鍋は人を繋ぐだけでなく、
“恋”や“嫉妬”や“涙”さえも、そっと煮込んでいく存在です。




