第27話:スープ行商はじまります。はじめての客と、乾いた村
「……ここが“カルナ村”? 思ったより、ずっと寂れてるわね」
「ほんとだ……水車も壊れたまま。お店も全部閉まってる……」
ヴィクトリアが不安げに見回す。
カルナ村は、かつて交易の要衝だったらしい。
しかし干ばつが続き、川は痩せ、作物は枯れ、人々は互いに心を閉ざすようになったという。
「でも、こんな場所だからこそ、鍋を置きたいんだ」
美咲は、鍋をそっと地面に置く。
その瞬間、鍋から薄い光がふわりと広がった。
◆◇◆
初めての“スープ屋”は、小さな広場の片隅。
看板もなく、ただ鍋ひとつ。
「……本当に、来るの?」
「大丈夫。お腹が空くのも、心が渇くのも、同じだもの。待ってれば、きっと誰か来てくれる」
鍋から立ち上る香りは、香草と干豆の優しい匂い。
遠巻きに眺める村人の瞳が、少しずつこちらを向き始める。
◆◇◆
最初に近寄ってきたのは、小さな少年だった。
「……これ、いくら?」
「いい匂いでしょう? お金は要らないよ。一杯だけ、“今の気持ち”と交換して」
「きもち……?」
少年は訝しげに眉を寄せたが、やがて決心したように小さな声で呟いた。
「……お母さん、怒ってばかりなんだ。
前は一緒にごはん食べたのに、いまは……ずっと、黙ってる」
美咲は頷き、そっと鍋をひと混ぜした。
「じゃあ、このスープは“また一緒にごはんが食べたい”っていう味にしよう」
◆◇◆
スプーンを一口。
少年の瞳がぱちりと開く。
「……あったかい」
「でしょ?」
「……お母さんに、持ってっていい?」
「もちろん。ふたりで食べてね」
少年は頷き、そそくさとスープを抱えて走っていった。
◆◇◆
それからぽつり、ぽつりと人が来はじめた。
疲れた農夫、怪我をした木こり、目の下に隈を作った母親。
みんな、スープを一口啜ると――ほんの少しだけ表情を緩めた。
ヴィクトリアが、そっと美咲に寄り添う。
「……すごいわ。スープひとつで、人の顔が変わるなんて」
「ヴィクが隣にいてくれるから、私も落ち着いて作れるんだよ」
「また……そうやって簡単に言う」
でもその頬は、ほんのり赤かった。
◆◇◆
夕暮れ。
少年が、母親と一緒に戻ってきた。
母親は恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、そっと頭を下げた。
「……スープ、ありがとう。
あの子、あんなに嬉しそうにごはんを食べるの、久しぶりだったの」
「こちらこそ、食べてくれてありがとう」
美咲の笑顔に、母親は小さく笑みを返した。
その瞬間、村を吹き抜けた風が、鍋の湯気をやさしく撫でていった。
▽ 絆ログとスキル成長
項目内容
新スキル:《心結びスープ》食べた者同士の感情を短時間“共鳴”させる
絆段階SS+(料理を通して他者の関係性をも変え始めた段階)
レヴォニアの補助感情の調理制御が安定。ヴィクトリアの魔力で鍋の保温・衛生を補強可能に
▽ あとがき
今回は、ついにふたりのスープ屋さん物語が本格始動しました。
美咲の料理は“人と人を結び直す”段階に入り、鍋はただの癒しではなく、心を繋ぐ媒介に進化しています。




