第26話:ヴィクトリアの鍋、そして初めてのスープ
リーヴェルの夜明け。
火の手は消え、街に静けさが戻っていた。
だが、美咲の鍋――《シレンツィア》は、眠っていた。
あまりに過度な魔力使用により、一時的に“スープ霊結界”が閉じていたのだ。
「ユヒもスヤスヤだね……しばらくは使えそうにないや」
「じゃあ……朝ごはん、どうするの?」
美咲は微笑んで、ヴィクトリアを見つめた。
「――ヴィクの鍋で、作ってみる?」
ヴィクトリアは、言葉を失った。
◆◇◆
それは、いわば“聖域”への踏み込みだった。
鍋という存在は、この世界では料理器具であると同時に、
“想いの器”、“魔力の記憶体”、“生命の触媒”である。
「私が鍋を使って……料理を?」
「うん。ヴィクの“初めての味”を、わたし、食べてみたい」
しばらくの沈黙の後――
彼女は頷いた。
「わかったわ。やってみる。……あなたのために、私の鍋を煮込んでみせる」
◆◇◆
鍋の精霊は、眠っていなかった。
小さな銀色の霧が、ヴィクトリアの足元に集まり、形を成す。
『我が名は《レヴォニア》。かつてはエルミナ家の家令精霊――
今は、貴女の“手料理”を見届ける者』
「……貴方が、母の鍋に宿っていた精霊?」
『かつての令嬢は鍋を“政治の象徴”とした。
だが貴女がそれを“心の器”とするならば――その変革、見届けよう』
鍋が、静かに光った。
ヴィクトリアは、震える手で野菜を刻み始める。
慣れない包丁の音。
塩を入れすぎて、慌てて水を加える。
美咲は見守るだけだった。
決して手を出さず、ただそっと、火の番だけをした。
◆◇◆
やがて、スープができあがる。
香りはどこか懐かしく、でもどこか尖っていて――
“ヴィクトリアという人間そのもの”が湯気となって立ちのぼる。
「……味、見てくれる?」
「もちろん」
美咲はスプーンを口に運び――目を閉じた。
少しだけしょっぱい。けれど、温かい。
初めて誰かに差し出す料理の、“勇気の味”がした。
「……ヴィク」
「どう、だった……?」
「世界でいちばん、がんばったスープだった」
ヴィクトリアの目に、涙が浮かぶ。
それは、悔しさでも、自信でもなく――
“誰かに届いた”という、心からの安堵の涙だった。
◆◇◆
スープのあと、美咲は言った。
「ねぇ、ヴィク。
次は、一緒に“誰か”のために作らない? わたしたちのスープで、誰かを救ってみたい」
「それって、つまり――」
「スープ行商。旅の鍋屋さん。
“スープ一杯で、世界を救う”って、ちょっと面白くない?」
ヴィクトリアはふっと笑う。
「……面白いかもね。でもそれ、かなり恥ずかしいわよ」
「じゃあ、ふたりだけの秘密の屋号つけよっか」
「“スープ・レヴォリューション”とか?」
「うーん、ちょっとカッコつけすぎかな……」
鍋からまた、ふたりの笑い声がこぼれた。
▽ 新スキルと成長ログ
項目内容
新スキル:《はじめての一匙》初めて誰かのために作った料理が、感情補正ボーナスを発揮
精霊解放:《レヴォニア》ヴィクトリア専用の鍋精霊。記憶共有・調理補助・感情転写が可能
絆段階SS(料理の“ために”誰かが動き出す段階)
▽ あとがき
今回の話は、料理バトルの熱から一転して――
静かな朝の“挑戦”と“はじまり”を描きました。
ヴィクトリアがついに、自分の手で鍋を握りました。
この小さな一歩が、ふたりの旅と物語に新たな火を灯します。
次回、第27話『スープ行商はじまります。はじめての客と、乾いた村』
いよいよ、ふたりのスープが“誰か”の心を救う物語が始まります。
【いいね】【フォロー】【評価】が、ふたりの旅の火種になります。
ぜひ、鍋の続きを一緒に見届けてください。




