第24話:料理決闘、鍋の魂に火を灯せ
リーヴェルの市の広場。
朝市が終わり、空気に香草と焼き菓子の匂いが混じる中、ひとつの人だかりができていた。
「料理勝負ですって……? 本気でやるのかしら、あの二人……」
「料理で何を競うってんだ? 味? 香り? それとも――想いか?」
群衆の視線の先、中央にはふたつの鍋。
ひとつは、美咲の鍋――“シレンツィア”。
もうひとつは、旅商人エルが持ち込んだ、複数の魔道器を繋げた特製鍋《百面湯環》。
「お題は“肉と豆”。
調味は自由、時間は一刻、評価は――ここの人々の“涙”だ」
エルの宣言に、ざわめきが起こる。
「涙……?」
「そう。感情が揺れ、食べた者が思わず“泣いてしまう”ような一皿。それが勝者の証」
◆◇◆
勝負が始まると、美咲は静かだった。
ただひたすらに、刻み、火を通し、香りを重ねていく。
「“泣かせる料理”って、別に悲しいものを作るわけじゃない。
ただ、誰かが“戻りたくなる味”を煮込むこと――私は、そう思ってる」
彼女は豆を弱火で煮崩し、スープにとろみを持たせる。
その上に、塩漬けの干し肉と少量の青菜を合わせた“故郷のスープ”を仕上げていく。
エルはその横で、干し葡萄と赤肉のスパイス煮を派手に展開していた。
「感情ってのは、強く引っ張った方が勝ちさ。
香りで殴って、舌で撃つ。それが俺の流儀」
強烈な香辛料。酸味と甘味の交錯。
視覚的にも派手な“情熱の煮込み”が完成していく。
◆◇◆
先に出されたのはエルの一皿。
「この匂い……なんか、懐かしいっていうか、胸が熱くなる……」
「うまっ! 涙出る……え、なんで……」
確かに、人々は泣いていた。
スパイスと酸味が舌に刺激を与え、それが感情を増幅させる――技巧派の料理だった。
次に、美咲のスープが配られる。
ぱく。
「……え、これ……母さんの味噌汁の……?」
「違う、でも……似てる。……ああ……帰りたくなる……」
一人、また一人と、静かに涙を流した。
それは強く殴るような涙ではない。
ただ、ぽたり、と自然に落ちる。温度のある涙。
「“家に帰る味”って、あるんだな……」
やがて、広場の空気が変わる。
人々が静かに鍋へ集まり、鍋の縁に手を添え、まるで祈るようにスープを啜っていた。
◆◇◆
勝敗は明らかだった。
美咲の料理が、人々の“心”に直接触れた。
シレンツィアが響かせたのは、“記憶”の温度。
エルは微笑んで立ち上がる。
「……なるほど。あんたのスープは、誰かの過去に橋を架ける。
それが“鍋の魔力”ってやつか」
「あなたの料理もすごかった。感情を揺さぶられるって、あんなに強いことなんだね」
「でも――俺が揺さぶったのは“表面”。あんたは、“奥底”をあっためた。
……完敗だ、美咲」
彼は鍋をたたみ、帽子を目深にかぶり直す。
「また会う日が楽しみだ。鍋と、そして――お嬢さん」
ヴィクトリアの瞳が、かすかに揺れた。
◆◇◆
夜。
「……なんで、何も言わなかったの?」
「え?」
「私……あいつに言い返したかった。
鍋を“奪う”とか、“彼女の心に割り込む”とか、そんな風に見られて、黙ってたのが悔しい」
「ヴィク……」
「私は、鍋の次でいいの? 私のスープは、あなたにとって何の味?」
その声は、震えていた。
そして美咲は、そっと彼女の手を取った。
「ヴィクのスープは、“これからの味”。
私は、あなたと未来を煮込みたいんだ。ずっと、あったかくなるまで」
ヴィクトリアは、黙って頷いた。
その手のひらが、静かに震えながら、強く握り返してきた。
▽ あとがき
本話は、“感情の料理”をテーマに、料理勝負と心の告白を描きました。
ついに、ヴィクトリアの感情が“嫉妬”から“確信”へと変わり始めました。
鍋は、人の記憶を温める道具。
そして、美咲とヴィクトリアの旅も、ひとつの“家”になろうとしています。
次回、第25話『炎の街と、鍋泥棒団の襲撃』
旅はまだまだ続きます。次はアクションと鍋の大立ち回りです。
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次回も、ぜひよろしくお願いします。




