第23話:鍋と心を盗む者、旅商人エルの試煉
陽の光が濃くなり、風祭の村を後にして三日。
美咲とヴィクトリアは、街道を南下する旅の途中だった。
「ねえ、次はどこに向かうの?」
「“ミュール街道”を抜けた先にある市場都市――《リーヴェル》って場所。
食材も情報も豊富らしいから、一度立ち寄っておきたいなって」
「……食材のことしか考えてないわね」
「当然でしょ? 私、料理人ですから」
そんな他愛ない会話を交わしながら、鍋を抱えて歩いていた――そのとき。
「おやおや、おふたりさん。こんな僻地をお鍋ひとつで旅とは、なかなかに珍しいねぇ」
しゃらん、と銀貨の束が揺れる音。
樽を転がすように現れた男は、黒いつば広帽と派手な緋のコートを纏っていた。
「俺の名はエル=クラウディオ。流浪の旅商人にして、料理道楽の物見遊山者だ」
◆◇◆
エルのキャラは軽快だった。
どこか胡散臭い笑みを絶やさず、だがどこか掴みきれない“深さ”も持っていた。
「見たとこ、あんたの鍋――かなりの代物だね。
精霊宿しにして、味に魂が乗るってやつ。俺の勘は当たるのさ」
「……鍋に触らないで。あなた、ただの商人じゃないわね?」
ヴィクトリアの声は低く、警戒に満ちていた。
「おっと怖い。ご令嬢は気が強い。だけど……その分、嫉妬深くないかい?」
「は?」
「だって、鍋と彼女――そして君。
この三角形、どこか不均衡だろ? 調和するには、誰かが“一歩引く”べきじゃないか?」
「……」
ヴィクトリアのまなざしが、わずかに美咲に流れる。
エルの言葉は、毒ではなかった。
だが確かに――揺らぎを呼び起こした。
◆◇◆
その夜。
三人は共に焚き火を囲み、食事を取ることになった。
美咲は、焼き豆と風根のポタージュを用意していた。
「へぇ、手際がいい。
でもさ――素材が泣いてるよ」
エルは笑いながら、自らの荷から取り出した数種の香草を手際よく刻み、鍋に加える。
そして、器用に焚き火の熱を調整し、香りを閉じ込めるように煮込みを始めた。
「ほら――“鍋”ってのは、誰の心にでも通じる“嘘のない会話”だからね」
ユヒ(シレンツィア)がうなった。
「……コイツ、ただの商人じゃねぇ。“鍋の言葉”を知ってる」
◆スキル発動:《料理会話・舌の記憶読み》
スキル効果
舌の記憶読み他人の調理から、心の“現在地”を読む能力
「ふーん……“後ろめたさ”ってのは、煮込むとすぐに香りが立つんだよね。
あなたのスープ、ちょっとだけ“引け目”の味がする」
「……!」
美咲は、一瞬、手を止めた。
その一瞬を――ヴィクトリアは見逃さなかった。
「エル。あなた、何が目的?」
「別に。“料理”が見たいだけさ。
あんたたちの鍋が、これから何を煮込んでいくのか――興味があるだけさ」
そう言って、彼は立ち上がる。
「でも一つ、忠告だけしておくよ」
風が吹いた。彼のつば広帽が揺れる。
「“鍋”は万能だけど、万能ではない。
料理がすべてを救うとは限らない。
“奪われること”も、“焼き尽くすこと”もあるんだ。忘れないように」
そう言い残して、彼は闇に消えていった。
▽ 絆ログ更新
項目内容
ヴィクトリアの感情嫉妬・警戒・独占欲の兆候(鍋と美咲の繋がりへの複雑な反応)
鍋の感応“言葉にならない感情”の温度変化を記録開始。次回以降“精神レシピ”イベントが開放
▽ あとがき
本話では、旅の中に訪れた心の揺らぎをテーマに描きました。
エルは敵か味方か、それすらも曖昧な存在。
しかし確かに、“ふたりの関係性”にひとつの影を落としました。
次回、**第24話『料理決闘、鍋の魂に火を灯せ』**では、
エルとの再会、そして“鍋と心の正統性”を賭けた一騎打ちが描かれます。
【いいね】【評価】【フォロー】が、心の鍋を温めます。
次回もぜひ、お楽しみに。




