第22話:風祭の村と、鍋の名前
風が鳴いていた。
それは笛のようで、歌のようで、どこか遠くの誰かが語りかけてくるような音。
美咲とヴィクトリアは、森を越え、風の導きに従って、ようやく小さな村へとたどり着いた。
「ここが……“風祭の村”?」
村は木々の高みに編まれたような形状で、足場は苔むし、家々は風車のような構造をしていた。
「精霊と共に暮らす人たちの村……帝都では半ば神話扱いされていたけど、本当にあったなんて」
美咲が鍋を抱えると、風が静かに吹き抜け、その音に呼応するようにユヒの姿が仄かに光った。
◆◇◆
村の奥、風祠の前。
老いた長のもとへ案内された美咲たちは、静かに鍋を差し出した。
「……これは……まさか、“〈風と記憶の大鍋〉”……?」
「それって……名前があるんですか、この鍋に?」
「あるとも。かつてこの世界の原初精霊が“世界の記憶”を煮込むために作った、祝福の鍋――
名前は、《シレンツィア》。意訳すれば“静かなる調理炉”」
美咲とヴィクトリアが顔を見合わせる。
「じゃあ、ユヒって……?」
「彼は、鍋の“声”じゃ。記憶を守り、継承者と心を交わすための精霊核。
だが、完全に目覚めたのは……そなたが初めてじゃ、美咲」
◆◇◆
その夜、村の祭壇で焚き火を囲み、静かにスープを煮込む美咲。
ヴィクトリアがそっと言う。
「ねえ、美咲……もしかして、あなたがこの世界に来た理由、もう鍋が知ってるんじゃない?」
「……うん、そんな気がする。でも……それでも、私は料理人でいたいな。
誰かのために、美味しいごはんを作って、笑ってくれる顔が見たい。それだけで、もう十分なんだ」
「……私もね、美咲。
あなたが作るごはんの向こうに、世界を見てる気がするの。
それが悲しみでも、痛みでも、あなたと一緒なら受け止められるって思えるの」
ふたりの影が、焚き火に寄り添うように重なる。
そして、鍋の中から――音ではない何かが、ふたりの心に届いた。
「名を、呼んでくれ」
「え?」
「我が名は、シレンツィア。鍋にして、声なき声。そなたの“料理”により、完全なる“目覚め”が叶う」
美咲はそっと鍋に手を重ねる。
「じゃあ、目覚めて――私たちの旅に、力を貸して。シレンツィア」
◆スキル進化:鍋精霊・完全覚醒
スキル名効果備考
《調理神核・シレンツィア》魔力干渉中枢としての鍋が完全覚醒。対象の“記憶”に基づく料理効果を再現可能精霊会話・戦闘支援・精神融合イベント解禁
鍋精霊ユヒ → 真名:シレンツィア言語能力が飛躍的に向上。高度な戦術支援・魔術遮断能力も発現次話以降、人格・感情に基づく行動分岐発生
◆翌朝の再出発
美咲がスープをすくい、ヴィクトリアの器に注ぐ。
それは風の村で育てられた草根と、豆を使った滋味深い“風根スープ”。
「……あったかいね」
「ねえ、ヴィク。どこまででも行けそうな気がするよ。鍋とあなたがいれば」
「そうね。世界がどんなに冷たくても、あなたのスープがあれば――心だけは、凍らない」
ふたりは笑い合い、鍋を抱えて、新しい地へと歩き出す。
▽ あとがき
本話では、ついに鍋の真名が明かされました。
美咲の料理スキルは、今後“記憶・想い・感情”を中心に、物語と世界そのものに作用する存在へ進化します。
また、ユヒ(シレンツィア)の人格イベント、過去世界との接続、さらには恋愛進展ルートもここから本格化します。
次回、**第23話『鍋と心を盗む者、旅商人エルの試煉』**では、旅先で出会う“笑う男”と、新たな誘惑がふたりを試します。
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次回も、ぜひよろしくお願いいたします。




