第20話:旅の鍋と、二人だけの朝食
深い森の奥、朝露の降りた小さな湖のほとり。
木々の間から差し込む陽光が、静かに揺れる湖面を照らしていた。
美咲は、小さな焚き火に鍋をかけていた。
湯気がくるくると立ち上り、朝の冷えた空気を溶かしていく。
その背中を、ヴィクトリアが毛布にくるまったまま見つめていた。
「……起きた?」
「うん。ずっと……火の音と、スープの香りがしてて、目が覚めたの」
美咲は微笑む。
「じゃあ、今日の朝ごはんは大成功だね。香りで起きてもらうのが目標だったから」
「……なにそれ。ずるいわね」
そう言いながら、ヴィクトリアはゆっくりと座り込む。
鍋の中では、昨夜手に入れた野菜と干し魚を煮込んだ“淡湖スープ”が、優しい音を立てていた。
ふたりだけの朝食は、静かで、あたたかくて、どこか夢の中にいるようだった。
スプーンですくいながら、ヴィクトリアがぽつりとつぶやく。
「こうしてると、全部忘れちゃいそう……帝都のこと、家のこと、あなたが追われてること」
「忘れてもいいよ。食べてるときは、“世界を休む時間”って決めてるんだ、私」
「……いい考えね。それ、私も真似しようかしら」
美咲がスープをすくい、ヴィクトリアの器にそっと注ぐ。
ふたりの間に、ことりと音がして、時間が止まったように感じられた。
◆◇◆
朝食の後、ヴィクトリアは自ら地図を広げる。
「このまま南へ下れば、“風食の祭殿”があるわ。あそこなら古精霊の保護がある。鍋も……あなたも、安全に過ごせるかもしれない」
「ありがとう、ヴィク。……でも、ほんとにいいの? エルミナ家の未来とか、全部背負ってきたのに」
「私が守りたい“未来”は、もうそこにはないの。……今は、あなたと一緒にいる未来が欲しい」
鍋の湯気がまたふわりと立ち上った。
まるで二人の心をつなげるように。
◆◇◆
だが、すでに帝国の追手は動き出していた。
森の外れ――
黒いフードを被った女魔術師が、小さな精霊を摘まみながらつぶやく。
「“鍋の娘”が、こんな所に逃げてきたか。ふふ……この手で“封”を破ってやる」
その瞳は、黄金色に輝き、かつてヴィクトリアの母に仕えた“精霊封術師”の血筋を思わせるものだった。
▽ 鍋と旅の成長記録
項目内容備考
新スキル:《湯気の守り手》調理中、特定範囲に結界効果を付与追跡・索敵魔術を一時遮断可能
絆深度:A++同じ鍋を囲んだ日数と感情共鳴によって、思念レベルのリンク発生無言でも意図伝達可能(※次回以降使用)
▽ あとがき
本話は、逃避行の中で訪れた静かな朝――
“誰にも邪魔されない食卓”の大切さを描きました。
美咲とヴィクトリアが、政治や陰謀を離れ、本当に寄り添い合える関係になっていく過程は、まさに“鍋と心”の温度そのものです。
しかし平穏は長くは続かず、次回**第21話『封術師の襲撃、鍋の封印を狙う影』**では、
“鍋に秘められた禁忌”が動き出します。
料理と戦い、感情と陰謀――
ふたりの旅は、新たな火を灯して進んでいきます。
【いいね】【評価】【フォロー】が、ふたりの鍋に魔力と想いを注ぎ込む燃料です。
ぜひ、次話もお楽しみに!




