第16話:封印宴開幕、記憶のスープは血を招く
その晩、美咲は眠れなかった。
鍋の中の水面に映るのは、自身の顔と、精霊ユヒの揺らぐ影。
「明日、私は何を“掘り起こす”んだろう」
「分かんねえ。でも、覚悟はしろ。記憶ってのは、綺麗なものばかりじゃねえんだからな」
◆帝都城・静謐の間
そこは、かつて帝国最古の図書殿があった場所。
現在は国家機密と禁術が管理される“記録封域”とされており、
今日に限って、厚い扉の奥へ、沈黙のまま賓客が招き入れられていた。
公爵
枢機卿
元帥
大商会頭
教皇補佐
王族に近い側室
全員、共通して“ある記憶”を持たない。
彼らは皆、十年以上前の帝国の政変期において、記憶を失っていた。
「では、始めましょうか」
案内役のローブの男がそう言うと、会場中央にひとつの鍋台が据えられた。
そこに立ったのは――
「本日の料理人、美咲・アマギリです」
観客がざわめく。
彼女の噂は、すでに王都の奥深くまで届いていた。
「聞いたことがある……記憶を揺らす料理を作る女」
「精霊を従える、魔鍋の巫女だ」
「その鍋……見覚えが……ある……?」
ひとり、白髪の老人が、額を押さえた。
◆スキル発動:《記憶編纂・完全共鳴》
美咲の手が、静かに鍋を撫でる。
火を入れる瞬間、湯気が“言葉”を紡ぐ。
「……オレたちが眠らせた記憶、取り戻すか?」
「いいえ。“取り戻す”んじゃない。“味わって”もらうの」
ユヒがにやりと笑う。
「ああ、それなら……この鍋、全力で沸かしてやるよ」
素材は、ごく普通のものである。
・安価な根菜
・二番出汁の干魚
・削り落とされた肉端
だが、それこそが象徴だった。
「“捨てられたもの”にも、記憶がある。忘れられた一皿には、“名前”がある」
鍋に火が入り、香りが立ち込める。
その瞬間、賓客たちの瞳が、次々と揺らぎ始めた。
◆回想スキル発動:《過去視の香気》
スープの香気が脳に届いた瞬間、“記憶の扉”が軋んで開かれる。
老将が呻く。
「これは……私がかつて、兵士たちに振る舞った、あの時の……」
「いや、待て……我が軍が使っていた“慰問食”のはず……それを誰が……?」
側室が立ち上がる。
「この香り……私があの人に……初めて作った、手作りのスープ……!」
そして――
大商会頭の目が見開かれる。
「ちがう……これは……“処理されたはず”の……!」
突如、彼の手が震え、胸を押さえて倒れた。
ドサッ――!
「心拍低下!」「誰か医師を!」
「記憶の衝撃で精神が……!」
場内が騒然とするなか、美咲は震える手で鍋の火を落とす。
「……私は……何をした……?」
「見せたんだよ、“真実”ってやつをな」
◆◇◆
封印された記憶、それは十数年前――
帝国が「戦争責任」を料理で“削除”したという闇の実験記録。
その記録に触れた者たちは、再び感情の奔流に呑まれていた。
セレスト公爵が前へ進み、観客に宣言する。
「これが、君たちが“封印された宴”と呼んだものの正体だ。
君たちが食卓で忘れたものを、彼女は鍋の中に取り戻したのだ」
「そして、彼女の料理は……まだ、終わっていない」
その言葉に、美咲はゆっくりと顔を上げた。
「私は……この鍋と一緒に、帝国の“食卓”を変えます」
「奪うためじゃない。思い出すために、作り続けます」
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
| スキル名 | 効果 | 備考 |
| ----------- | -------------------------- | ------------------- |
| 過去視の香気 | 匂いによって“感情ごと”記憶を引き戻す | 精神への負荷大/耐性によって効果差あり |
| 真実煮込み | 忘れられた記録や出来事を料理に編み込み可視化する | 闇堕ち・敵対化フラグも誘発 |
精霊の全開共鳴 | 精霊が一時的に“本来の姿”で姿を現し、料理補助を行う | 高揚状態/発動後のダウン有り |
▽ あとがき
第16話は、“平和な食卓”とは正反対の“記憶の代償”を描きました。
読者の皆さんが想像する「おいしいスープ」が、これほどまでに深く、人の“過去”を揺さぶるとは……。
次回**第17話『罪と祝宴、鍋の向こうで笑うもの』**では、
帝国の闇に触れた美咲が、料理人として、そして“記憶を背負う者”として選択を迫られます。
【いいね】【評価】【フォロー】が、彼女の鍋に“新たな火”を灯します。ぜひ応援よろしくお願いします。