第13話:公爵家からの招待と、宮廷料理の罠
「美咲様に、急ぎのお届けです」
料理大会の翌朝。
屋敷の食堂でスープをかき混ぜていた美咲のもとに、黒服の使者が現れた。
手渡されたのは、王都最上級の羊皮紙に金で封印された、煌びやかな招待状だった。
『セレスト=アルガー公爵家 宮廷私宴へ 特別招待』
「セレスト……って、王宮筆頭公爵家じゃん!?」
ヴィクトリアが絶叫する。
「ただの料理人を、しかも大会一回戦勝者を直接呼ぶなんて、異例中の異例よ! なにか裏があるわ!」
◆◇◆
その日の午後、美咲とヴィクトリアは、セレスト公爵邸の“香宮”と呼ばれる私邸サロンに招かれていた。
白亜の建物。香木と花で満たされた空間。
王宮御用達の料理人すら招かれることの少ない特別な空間だった。
そこに現れたのは――
「ようこそ、アマギリ嬢」
――セレスト=アルガー公爵。
まだ三十路を迎えたばかりの若き当主。鋭い琥珀の目に、計算され尽くした微笑を浮かべていた。
「一回戦、見事な勝利だった。……温もりある味だった」
「お褒めいただき、恐縮です」
美咲が礼をすると、公爵は手を叩いた。
「ぜひ、我が家の料理人たちとも腕を交えていただきたい。“王宮式の味”がどれほどのものか、体感していただきたくてね」
◆◇◆
厨房へ通されると、そこには高級な食器と調理器具、そして三人の白衣の料理人が待っていた。
「彼らは、王宮料理を極めた三名。“技術”と“格式”では、帝国最高だ」
そして、美咲の前に、一皿のスープが差し出された。
「さぁ。まずは、これを“再現”していただこう。“技を測る”ための、我々の作法だ」
スプーンを手に取り、口に含んだ瞬間――
「……うっ……」
華やか、だが……驕慢。
香りは精緻、だが鋭い。
味は極限まで“作られた”もので、まるで……“人の気配”がない。
(これ……“感情”を消して作られてる。完璧に。でも、冷たい)
「おい、これ……魂が抜けてるぞ。素材は最高級なのに」
ユヒが、鍋の中からこっそり囁いた。
(……わかった。私の鍋で、“心の味”を見せてやる)
◆再現調理:スキル発動《鍋語・対話融合》
素材の声とユヒの感覚がリンクし、最適な調理工程が“直感”で読み取れる。
スープのベースは、黄金鳥の出汁。
だが、美咲はそこに“干し野菜の甘み”と“酸味のアクセント”を加えていく。
「……味だけをなぞるんじゃない。私は“食卓”を、鍋に映す」
香り、火加減、時間、そして――人を思う気持ち。
再現ではなく、“再創”――。
「――できました。“家庭の祝宴スープ”です」
審査役を任された副官が、それを口にする。
「……ん……っ。なんだ……これは……」
「似ている……のに……違う。温かい……涙が出る……!」
「これは、“再現”ではない。“回帰”だ……!」
公爵の眉が、わずかに動く。
「……君は、料理を通して、記憶を呼び戻したのか」
「はい。でも、それは私じゃなく、鍋と素材と、想い出がやったことです」
◆◇◆
その晩、屋敷へ戻る道すがら。
「まさか“王宮式料理”に真正面からぶつかって勝てるとは……!」
「まだ勝ったかは分かんないよ。でも、少なくとも“食べたい”と思ってもらえる味にはできたと思う」
「それが一番大切なのよ。貴族でも庶民でも、口は正直だから」
ユヒは鍋の中から、ぼそっとつぶやく。
「……だが、セレスト公爵。あいつ、裏があるぞ」
「うん、私も思った。“ただの味見”じゃなかった。きっと、あの人……」
「鍋の力に気づいてる」
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
鍋語・対話融合鍋精霊と素材の“記憶”を結びつけ、味に深みを加える応用で“回想効果”を発現
再創スキル《温故献味》他人のレシピを“食卓の記憶”として変換再現素材ごとの背景を反映した味になる
味の真贋感知(ユヒ支援)他者の料理の“虚飾”や“誤魔化し”を感じ取る精霊の感知に依存/失敗もあり
▽ あとがき
今回は、新章「宮廷料理編」の導入回でした。
“格式”と“感情”の戦いがテーマになっており、美咲の料理がより“人と記憶”に深く結びついていく章です。
セレスト公爵の目的とは?
なぜ“鍋の力”に目を付けたのか?
今後は、宮廷と政治、そしてユヒの秘密にも迫っていきます。
次回**第14話『スープに宿る記憶、貴族たちの陰謀』**では、公爵家の動きが本格化し、美咲に新たな試練が――
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