第12話:温もり vs 影 審判の匙は誰の手に
――料理大会・第一ラウンド、審査の刻。
観客が固唾を飲むなか、二つのスープが並ぶ。
一方は、美咲の**《旅の灯火スープ》。
もう一方は、マスカレイド・グレイの《喪失の闇汁》**。
審査員たちは、スプーンを握り、交互にそれを口に含んでいく。
◆《喪失の闇汁》──“記憶を削ぐスープ”
真黒な色合い。
香りは、焦がした薬草と、土のような乾いた風味。
そして、ひと口含んだ瞬間――
「う……ぅ……っ」
審査員のひとりが、顔を覆って泣き出した。
「これは……私が……かつて失った……子供との……最後の……っ」
「このスープ、記憶を――いや、“記憶の痛み”を呼び起こす……!」
《スキル発動:仮面の料理術・記憶封切》
材料の“負の記憶”を増幅し、食べた者の心を直接揺さぶる
審査員の感情値が大きく振れると、味の評価が跳ね上がる
ただし、記憶が重すぎると、喉を通らなくなる危険あり
「……重すぎる……! だが……忘れてはならない味だ……!」
「まさか、“影”をここまで昇華するとは……」
観客たちも息を呑む。
ただ、数人が席を立ち、目を伏せていた。あまりに“重い”のだ。
そして――美咲の番。
審査員は再び《旅の灯火スープ》を口にした。
「……っ。……優しい。けれど、どこまでも深い」
「旅の疲れも、孤独も、空腹も、全部包んで……一緒に歩いてくれる味だ」
「これは、“救い”の味だ……!」
温もりに溶けるような拍手。
心の芯がじんわりと熱くなる、そんな余韻が広がっていく。
そして、決め手となったのは、観客評価。
観客の拍手数が、そのまま点数に加算される。
「さぁ、観客の皆様――今、より心を動かされた“鍋”に、拍手を!」
会場に響く拍手の音――
まずはマスカレイドへ。
パン……パンパン……
だが、その拍手はやや慎重で、ためらいがちだった。
強烈だった、しかし、万人を包む味ではなかった。
そして、美咲の番。
パンパンパンパンパンッ!
パァンッ! パァンッ! パパパァンッ!!
子供が、手を真っ赤にしながら笑って拍手している。
年配の観客が、涙を拭いながら頷いている。
その中には、旅先で出会ったあの少年の姿も。
「彼女のスープは、旅の中で僕を救ってくれたんだ!」
拍手が、歓声が、劇場を包み込む。
「――勝者、美咲・アマギリ!」
司会がそう高らかに叫ぶと、観客から歓声が上がった。
マスカレイドは静かに立ち上がる。
「……なるほど。あなたのスープは、癒しの記憶を語るのですね」
「あなたのスープだって、すごかった。記憶って、痛いものだと私も思う。でも……私は、それでも温めたい」
「ふふ……そういう料理人がいても、いい。だが、私の“影”もまた、必要とされる日がある」
彼は背を向け、仮面越しに声だけを残す。
「次は、もっと深い闇で、あなたを迎えましょう」
美咲は鍋に向かってそっと語りかけた。
「勝てたよ、ユヒ」
「へっ。俺様の火加減が完璧だったからな!」
「はいはい。じゃあ次も頼んだよ、“相棒”」
そして、観客の拍手が鳴り止まぬまま、第一ラウンドの幕は静かに下りた――。
▽ 成長ログ:美咲の料理スキル
スキル名効果備考
旅の灯火・深化「食べた者の記憶を温かく導く」効果が付与精神安定・鼓舞・信頼上昇効果あり
鍋の共鳴(第二段階)鍋精霊ユヒとの連携スキルが強化される火加減補正、スキル連動率が向上
感情拍手解析観客の感情データから人気傾向を自動学習次戦以降に効果あり/メニュー調整可能
▽ あとがき
ついに料理大会第一ラウンド、決着!
“癒しの鍋”と“記憶の闇”のぶつかり合いは、美咲の勝利で幕を閉じました。
ですが、マスカレイドはまだ退場しておらず、次戦以降にも波乱の兆しが…。
次回**第13話『公爵家からの招待と、宮廷料理の罠』**では、勝利の余韻も束の間、新たな貴族からの思惑が――
そして美咲の“家庭料理”に大きな試練が訪れます。
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