第1話:魔鍋と悪役令嬢
「……えっ、ここ、どこ……?」
地面は湿っていて、空気は生ぬるく、かすかに獣の臭いが鼻をついた。
木々のざわめき、鳥の鳴き声、そして――目の前に広がる、見知らぬ森。
美咲は、自分の右手を見下ろした。そこには、使い古された銅鍋が握られていた。
「どう見ても異世界。どうして鍋だけついてきたの……?」
冗談のような事態だったが、今さら驚く気力もなかった。
38歳、バツイチ。元料理人。就職にも人生にも挫折して、スーパーで特売の鶏もも肉を選んでいたら、このザマである。
そのとき――
「下がりなさい、魔鍋の使い手!」
草の向こうから飛び出してきたのは、信じられないほど美しい少女だった。
金色の髪を靡かせ、剣を構えたその姿は、まるで絵本の中の王女のよう。
「……は?」
「その鍋、見覚えがあるわ。これは、かつて私の家を呪いに染めた、魔道具の器……!」
少女――ヴィクトリアと名乗るその令嬢は、容赦なく剣を突きつけてくる。
「ちょっと待って!私はただの料理人で……これは、私の鍋!呪いでもなんでもなくて!」
「ならば、証明してみせなさい。今すぐその鍋で、私の体と心を癒す料理を作ってみせて!」
「えぇ……!?」
こうして、美咲の異世界スローライフ(仮)は、“料理による尋問”という予想外の形で幕を開けた――。
▽ あとがき
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「料理」「スローライフ」「悪役令嬢」といったなろうで人気の要素を詰め込み、ほのぼのとちょいざまぁが楽しめる物語を目指して書いています。
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