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VIII.歴史

お読みいただきありがとうございます。


 九月八日


『図書室って、参考書とかあったっけ?』

 ベッドに寝転がりながら両手でフリック入力をする。片手だと落ちてきそうだ。

 六時三十二分。今日は、部活がなかった。

 勇利は既読をつけるのが早い。そういうのがわかるから誰にメッセージを送るかをまともに考えられる。そういう意味で、このLINEだったりは便利だと思う。

 二学期中間考査。一学期期末考査が終わった後の授業で僕はやっと歴史が苦手ということを自覚した。今まである程度は追いつけているものの、授業が進むにつれ内容が莫大になってくる。そう、勇利に脅されたのが原因だろうか。...うちには外国人がいるから、もしかしたら世界史のほうが得意かもしれない。

 いや、そんな事はないか。

 結局、寝そうになりながら五分待った。でも気づいたときには、返信が来てから二分が経過していた。

『ないと思うけど』

 返信が来た時間的に、『けど』のあとに続く言葉はないのだと思う。身を起こす。

 まあ、流石にないかもしれない。学校の図書室に問題集なんてあったら違和感極まりない。

『参考書じゃなくても、歴史関係の本くらいはあるかな』

 あんまり疑問ばかり投げるのも気が引ける。考えすぎかもしれないがクエスチョンマークはつけない。

 二分経ってからの返信だったものの、まだ既読がついた。

『借りにいくの?』

 まあ、そうだが、わざわざ聞くまでもないと思う。明日は...なにもないと思う。

『明日行こうかなって』

 そういえば、明日は水曜日だから勇利は図書室当番か。『そうい』まで打ったのだが、打ち終わる前に返信が来て、なんとなく消す。

 やましいことがあるわけではないと思うが、なんかあったのあろうか。いつもよりもテンションが低い気がする。...文面上だとテンションが高くなる人。周りではよくいる。

 画面真ん中を押しながら、親指を下にすべらせる。

『え、どうしよやばい』

『どうしたの?』

『やばい』

 『国語のワーク』

 『忘れてきた』

 『どうしよう』

『え、あれ明日提出じゃなくない?』

『ん?...』

 『あ、ホントだ...!』

 その後、僕はおそらく一度も使ったことのない笑顔のスタンプを添えている。

 それと比較しながら、今来た返信を見てみる。

『そっか』

 ただその三文字を並べる理由を、『なんかあったの?』という質問で問おうとは思わない。突然素っ気なくなった理由があったとしても、勇利だからそんな大きな事ではないだろうし、僕は興味がない。

「寝たら?」

 初日に比べて口調があまり遠慮しないものになっているヒッパソスがベッドの隣でなにかの本を読みながら言う。どこから持ってきたのだろう。多分、うちにはない本だ。

「そんな眠そうにしてた?」

「いや、さっきからすごい目つぶってるから...」

 体を起こしていたら眠く見えないというのは僕の固定観念という事だろうか。そもそも眠くなったのはだらけるという意味で寝転がっていたからだと思う。

「そう?」

「勇利...って友達...?」

 「え?」ぼーっとしていて、ベッドの下にぶら下げた手に持ったスマホ画面を見られていた。

「ちょっと見ないでよー。まあ友達だけど」

 するとヒッパソスは静かに口を開けてまた閉じる。そして言った。

「お風呂でも、入ってきたら?」

 目を覚ましてきたら。という意味だと思う。というか、ずっとヒッパソスはこっちを見ていたのだろうか。本に集中したらどうだ?

「そうするよ」

 でもなんだろう、ヒッパソスまで対応が素っ気なくなった気がする。原因は僕にあるとでも言うのか?

 まだ夏は終わっていないとでも言うように、外は明るい。

 

 九月九日

 

 タウが後ろのドアから入ってくる。こっちを見るようなことはせず、手早く、また何人かで外へ行ってしまった。散歩しに行っているだけ、なのに、ついていく人が何人もいる。何人もというわけではないが、羨ましいものだ。

 タウと同じように、勇利も気づいたときには教室からいなくなっていた。図書室当番だからか。今日は図書室に来いなんて言ってこない。

 よりによって、どうして自分から図書室に行く理由ができるのが今日なのだろう。

 ...よくよく考えたら、歴史関係の本と言っても戦国大名の本とか、そういうのばっかりかもしれない。江戸時代の本はどのくらいあるだろう。日本史専門の本棚も設けられていはいるものの、世界史ほどではない。とりあえず行ってみて、何もなかったら何事もなかったようにそそくさと帰ってこよう。教室を出る。周りには誰もいなかった。

 

 入口から勇利の姿は見えなかった。という事はきっと、もっとカウンターの奥の方にいる。気づかれないようにとでも言うように人混みの中に突っ込んでいき、かけ分けながら日本史の文字を探す。

 どうやら世界史は本棚二個分を占領しているらしい。つまり、日本史と世界史の比率は一対二になる。世界史の量を増やしてほしいという要望があったのか、そもそも世界史の本は図書室をつくれば勝手に増えるものなのか知らないが、ここまでなるだろうか。日本史コーナーなんて日本に一番あるだろうし、日本史を増やしたほうがよっぽどいい。

 そんなふうにここに来た目的を盾に心のなかで都合よく文句を言い、上から下まで目を滑らせてみる。...江戸時代の本はある。五冊。江戸時代専門の本がないのだ。

 加えてその五冊はおそらく今度のテストの範囲じゃない。予習する気にもならない。

 やっぱり、本屋に行くしかないか。そっちのほうが手っ取り早いかもしれない。...いや、手っ取り早いと言いつつ、今見に行く必要はない。そう言い訳をして、テストから逃げる。

 とかなんとか言いながら、気まずいという理由で結局一冊本を手にしている自分は何なんだろうか。借りている期間が被っていても一定の冊数は超えなければいい。だからこれはルール違反ではない。僕はどこに気まずさと申し訳無さを感じているのだろう。

 カウンターへ向かい生徒手帳を差し出す。ここから見ると、奥の方に勇利が見えた。座って画面に向かって何かをしているがよく見えない。

 前と同じ位置に、全く同じ角度で置かれている貸出簿。ただ、おそらくこれは前の紙でなくて、新しいやつだ。字が、きれいだ。

 ふと、その中に知っている名前を見つけた。

『谷岡勇利』

 なにか借りたのだろうか。右側に書かれた日付と、本のタイトルが目に入る。...ていうか、これ、借りる側に見せる必要あるのか?...もっと言えば、見せないほうがいいのではないか。そもそも、誰かが本を借りるたびにこれを書くのならここに置くのは効率が悪い気もする。

『9/9 ――』

「はい」

 そうか。あくまで当番だから、同じ曜日なら人は同じか。今目の前に立っているこの人は先週見た気がする。適当に会釈みたいなことをしてさっさと図書室を後にする。

 勇利はさっき忙しそうだったし、着いてきはしないだろう。そもそも、僕に気づいてもいないかもしれない。

 ...こんな事をわざわざ考えてしまうのは、僕が自主的に図書室に来るのが極端に少ないからだろうか。職員室と同じだ。訪ねるのに慣れてしまえば緊張する事はほとんど無くなると思う。信じている。

 まだ、昼休みは十分も残っていた。図書室前は中とは打って変わって、相変わらず空いている。

固定観念って固定観念ですね。固定観念。

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