VII.美化委員会
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九月七日
「部長ねぇ〜」
「そもそもやれ...やりそうな人いなそうじゃん、澤田先輩だって困るかもね」
やれ、まで言ったのはわざとだろうか。でも言わなかったにしても、その事を肯定する事を言ってしまっていた。
澤田先輩も困る、か。
そりゃ、任せる人がいなかったら困るだろう。
「英太は?やりたいって思わないの?」
「思うわけ無いだろ、やるなら副部長、部長はしょえない」
確かに、もうそんな時期か。二年の二学期、この時期になれば部長も決まってくるからって、去年の三年生が卒業する前に言っていた気がする。
「あ、でも男声いないし、有が部長になれば来年一年もよってくるんじゃ?」
「そう?」
そんな事を言われても無駄だ、そもそも部長がどうだからってこの部活に入ろうとはそもそも思わないと思う。それに、結構な数の新入生はもう入学した直後に部活を決めるから。
...来年の新年度早々にある部活紹介会。正直な話それに何かしらの意味があるのか、と考えてしまう。大前提として、誤解を招いてしまう可能性はないのか。
どれに入ろうか迷っている少数の新入生のために設ける大きな場、そこまで大々的に行う意味はあるのか。
実際、新入生はどの程度迷うのだろう。一年半くらいしか経っていないのに忘れてしまった。
ただ結局そんな言い訳をしてみたところで、男声が少ないのに変わりはなかった。今合唱部にいるのは英太と、僕と、三年生の三島先輩。あと、今年入ってきた一年生の藤田君。
一度そう?なんて言ってしまったが、それを取り消すように首をふる。でも結局、決めるのは部長である澤田先輩だ。今頃部長になりたいと思ってアピールしにいったところで、部長の中での結果が変わることはないだろう。英太にのせられても多分害があるわけではない。
本当の所、この学校の合唱部に入ったのは今年だから、慣れ具合は藤田君と同じ感じのはずなのだが。自分が転校生という自覚があっても、周りから期待されているのかもしれないという期待はどこか拭えない。でも、変に目立ちたくはない。
結局、僕は部長になりたいのだろうか、なりたくないのだろうか。合唱部の同級生とは割と仲がいいから、なっても変に後ろ指をさされる事はないだろうが。
住宅に囲まれた道を抜けて空が開けてくる。後ろから足音が聞こえるがわざと気にしないようにする。
帰り道。空は珍しくきれいなオレンジ色に染まる。
「部長になってもならなくても関係ないって。もはやなったほうが圧ができて男子離れていくんじゃない?
...でも確かに、どうするか、考えないとね。」
青中の合唱部は男子が少ない。今年は僕含めて二人増えたから良かったなんて言われたが、安心できるのも一瞬で、来年どうするか考えなければいけない。
―今日、全部活が何時に下校とか、あったっけ?
「下の学年に友達いなかったしなー。」
勧誘なんて言っても、何をすればいいのかわからない。少しだけ、歩くスピードを上げてみる。
誰でもいい、というわけでもない。だから、入ってくれると入らないでくれる、後者にしてほしい現小学生もいるだろう。でも客観的に見て、第一優先は前者だ。
「とにかく、道端で会った新入生にやさしーくあいさつして、...今考えても仕方ないんだけどね。」
しかし、人数がほしいと言いつつ、直接我武者羅に新入生を誘えるほど、僕には勇気がなかった。
言い訳をするなら...これ以上自分を傷つけるのはやめておこうか。
さっきまで教室に忘れ物をした英太につきあっていたからもう合唱部は他に誰もいない。信号機が変わるのが静かだ。
誰かに追われているとでも言うように、英太の前に出る。足取りを軽くしてみたい。
―渡りきった後、英太が言った。
「サッカー部とか、絶対運動部は入りたい男子いっぱいいるのに。ずるいな。」
「...そう?」
はっとして後ろを見てみたが、誰もいない。
「そうだろ。...あ、合唱部入んない方が良かったなんて言ってないぞ?」
別にそんな事は思っていない。僕は、冗談が通じない人とでも思われているのだろうか。
心配性の間違いだろう。
「わかってるよ」
笑い混じりに言う。内心、焦っていた。
九月八日
放課後。毎週火曜日号例の美化点検をしに、美化委員が教室に入ってきた。
もうみんな帰ってしまったが、トイレに寄っていたので一人取り残されている。電気も消され、友達はいない。
その人は気まずそうな笑みを浮かべて会釈をしたのでこっちも返したが、おそらく見たことある人だった。...転校してきたとき、二年全員の前に自己紹介と言われて立ったから、そのせいだろうか。もしかしたら向こう側も顔を覚えているかもしれない。
そういえば、今日は国語の課題を終わらせなければいけない。そう思ってロッカーに向かう。ワークを取ろうとしゃがみ込んだ瞬間、相手に口を開かれた。
「まだチェックしてないから大丈夫だよ。」
僕が焦っているように見えたのだろうか。ただその親切の奥には「早く終わらせたい」という本音が見えた。
美化委員。美化委員は、定期的に
『まともに掃除をしているか』
だったり、
『机の中に何も入っていないか』
だったりを確認しに放課後にクラスを訪ねてくる。机の中になにか残っていたらその時点でアウトだ。
無愛想な口調だったものの、とりあえず「ありがとう」と返す。暗いが、上履きを見ると案外しっかり名前が見えた。
『佐々木』
そのまま、僕が帰る前にその人は教室から出ていってしまった。...結局、僕はセーフだったのだろうか。アウトだったのだろうか。どっちにしろ、その事が全校生徒の前で公言されるわけではないので、別にいいか。そう片付ける。
その直後の事だった。
「Oh, Yu. Don't you go back home?
(あ、有。帰らないの?)」
目の前の美化委員から目を離して後ろを向くと、そこには彼が立っていた。確かに、改めて全体を見回して見ると、まだ一つ荷物が残っていた。
「Johns. I want to go back home as soon as possible because I have to do my homework.
(ジョーンズ。課題があるからできるだけ早く帰りたいよ。)」
想像以上に机の中が散らかっていたせいで、少しだけ整理するのに手こずっていた。そしてその後の彼の行動に言葉を失う。
彼は全員の机を揃え始めたのだ。
「You are a good student.」
言葉を失っていながら発せてしまうのは置いといて、わざわざ揃えているのは彼が親切だからだろうか。それとも、純粋に綺麗好き、で、気になるのだろうか。
「Thank you. ...Why don't we go back home together?
(ありがとう。...今日一緒に帰らない?)」
「Oh, OK.」
そういえば、こうして彼と一緒に帰るのはこれがはじめてだったのだろうか。実をいえば帰るときには忘れてしまっていた彼の存在。それは、こうして彼が毎日教室の机を揃えていたからだろうか。
「I will do too.
(僕もやるよ)」
なんだか、どことなく申し訳なく思えてきてしまった。
多少暗くても意外とものって見えるんですよね。