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IV.帰途

お読みいただきありがとうございます。


 九月五日


「おかえり」

 玄関の前を通ったとき、ジャストで彼が帰ってきた。

 僅かな時間空いた家と外の境目。そこから朝らしい涼しい風が舞い込んでくるが、夏も終わりに近づいている、というにはまだ早いのだろう。

 土曜日。この町に馴染みたいから、みたいな理由で彼は散歩しに行っていた。...僕の時は、町に馴染む努力なんてしただろうか。彼が散歩していた風景を想像してみる。

「There are only houses around here, right?

 (このあたりは家しかないでしょ?)」

 やっぱり、朝だから比較的涼しかったのだろうか。この季節なら、暑さと寒さの境目は暖かいよりも涼しいが適切だと思う。朝の涼しさは僕にとっても彼にとっても新鮮なものだろう。

「Yeah.」

 午前九時。朝から散歩しに行くなんて彼は活動的なんだな、とつくづく思う。住宅街かつ朝なら人の姿なんてほとんどなかったはずだ。まだ僕の経験が浅くてもそれくらいはわかる。『自然あふれる住宅街』なら小鳥のさえずりが聞こえてくるのかもしれないが、少なくてもここはそんなことない。明らかに小鳥でない鳥の鳴き声なら聞こえてくるのだが...

「Did you see anyone?

 (誰か見かけた?)」

「Hmm...I guess there were hardly anyone. ...Ah,

 (うーん...あんまりいなかったかな。あ、)」

 思い出したように言う。

「I think I saw a little kid walk alone.

 (小さい子が一人で歩くのを見た気がする。)」

「A little kid...?」

 こんな朝にどうしたのだろうか。...とはいいつつ、別に今は早朝でもないし、彼の行っている『小さい』もどんな基準で言っているのかわからないし、不思議なことではないか。

 何を話せばいいかわからない...という状況に陥る前に、その場をあとにした。一度罠にハマってしまうともうどうにすることもできない。

 感覚よりも、胴体よりも速めに首を回す。すぐそばの階段を何段か登り窓の外を眺める。朝らしい灰色がかった、そして青みがかった太陽の影。やがてこの影は僕が見えないところまで沈み、また浮いてくる。水彩画にしたらきれいだろう。

 部屋に戻る。カーテンくらい開けておこうか。

 

 

 

 引っ越してきてから今に至るまでに、これ以上驚いたことはなかった。

 三時。突然母からそれを言われて、僕はどんな顔をすればよかったのだろう。母がノックしてドアを開け、反射的にベットから立ち上がる。最近買ってきたらしい茶色がかった白いTシャツに身を包んでいるが、もっとイレギュラーだったのはその左に若干背の低い子供が立っていたことだ。

「有、ホームステイしてくる子が増えたわよ」

 母の日本語はどこか久しぶりな感じがした。...しかしそんなことよりも、『ホームステイしてくる子』、というよりも『ホームステイしにくる子』のほうが日本語的に正しいのではないだろうか。という疑問が僕の中に即座に出てきてしまった。

「え...?」

 そんな気持ち悪さを抑えつけてしまうくらい、この言葉を受け入れるのには時間がかかったようだ。

 増える...?

 ただもっと驚いたのは、その『ホームステイしてくる子』を見たときである。...服ではなくて...

 明らかに日本人顔をしていた。

「ほんとにちょっと前までその予定じゃなかったんだけどね。...韓国出身なんだって」

 確かに韓国なら顔は似ているかもしれない...いや、無理がある気がする。そう思ったのはその直後、流暢すぎる日本語の自己紹介を聞いたからだ。

「ヒッパソスです。今は中学二年生です。よろしくお願いします」

 あ、同い年なのか...ではなくて、言葉をあえてぎこちなくしている感じしかしなかったのだ。若干話すスピードをゆっくりにして、一つひとつの音が喉の奥につっかえている。そんな感じだ。ただ、一つひとつの単語に妙な自信がある。抑揚がうまくつきすぎている。それくらい、彼と一緒に日々過ごしていればわかるようになる。下手すれば、『ホームステイしてくる子』という違和感を人に与える母より日本語がうまいのではないだろうか。

 あたかも自分が日本人と知られたくないとでも言うように...。それに、ヒッパソスなんて名前韓国人でいるのだろうか。まあそれに関してはなんとも言えないが。

「有も中二、同い年ね」

 同い年という言葉はそれなりに強い意味を指すのだろうか、と思ってしまう。

 ただ、これはタメ口で喋れという母からの一種の暗示なのかもしれない。

「よろしく...お母さん、」

 ...もう一つ、疑問に思ったことがある。

「なんでみんな集めずに、一人ひとりに言うの?」

 せっかく、こんなにも大きなニュースなのなら本来は家族全員を部屋に集めて一斉に知らせるべきではないだろうか。

「いや、別に...?ジョーンズのときもそうだったでしょう?」

 そうだったか?...確かに、そうだった気もする。確かに、うちっていつもこんな感じか。うちは世間に疎くなにかの記念日にも疎い、そして自分たちにも疎いそんな家族だ。でもなぜだろう、母の顔には微かな焦りが映っている。

 というか、平然と「別に...?」と返すのもどうかとは思うが。

「そっか。」

 ヒッパソス、を見るとこっちを見て笑顔でいる。つられて口角が上がる。このあと彼にも紹介するのだろうか。英語で。...あ、そういうことか。

 ジョーンズも合わせて紹介すると強制的に英語になるのか。そうなるとヒッパソスに英語で話すのが普通という恐怖感を与えるかもしれない。仮にそうでないとしても。だから日本語で自己紹介するという場をあえて作っているのか。

 なるほど、なるほど。と、心のなかで二回なるほどを繰り返したが、二回目の最初の方で母はドアを閉じ、彼の部屋の方へ向かった。そういえば、この家には一つ空き部屋があって、物置に使っていた。ただ物置は庭にもでっかい灰色のやつがあったので、部屋の中のものをそこにすべて移動し、空いた部屋を彼の部屋にしたのだ。

「Jones, he moved to Japan from Korea. And do a homestay from today.―Hippasus, he is from America. So he speaks English.

 (ジョーンズ、彼は韓国から日本に引っ越してきたの。今日からホームステイをするのよ。―ヒッパソス、彼はアメリカ人だから英語を話すわよ。)」

 ...なぜ、ヒッパソスにまで英語で話すのだろう。母は少し英語と日本語の境目がわからなくなっている。

「I'm Hippasus. Nice to meet you.」

「...Nice to meet you too.」

 彼も彼なりに困惑しただろうか。

 ホームステイという肩書の『家族』が増えていくのはホストファミリーでは普通のことなのだろうか。そもそもどこから何があってホームステイするということが決まり、泊まる家が決定するのか、僕はまともに知らない。

 しばらく三人の話し声が聞こえ、やがて階段を降りる音が聞こえた。...下には、父がいる。

 やっぱり、大変ではないだろうか。

英訳に違和感があっても気にしないでもらえると嬉しいです。

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