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XXXVI.衝動

お読みいただきありがとうございます。


 十月十六日


「やっぱり、そうなんだね。……ごめんね。僕はここにいるべきじゃない」

「ちがう……そういうことじゃない」

 自分の中で、勇利が悪者となるのが許せなかったのだろうか。決して、それは和日葉に対しての怒りではなかった。いつの間にか和日葉から出てくる言葉を否定するプログラムに自分がなっている。

「勇利は、和日葉を助けようとしてた。……和日葉にも味方がいたよ。いたんだよ。」

 和日葉は気が弱かったんじゃないかな。きっと、いじめられた原因は周りに助けを求められない性格にあったのだと思う。自分は孤独だ、そんな風に自分を責めなくていいよ。そう言いたいだけだった。

 ……そういうふうな事を、いいたかった。

「勇利と仲がいいのはわかるけど、まだ知り合って半年しか経ってないでしょ?一年前の事しらないでしょ?」

「確かに知らないよ。

 でも今年、勇利は……勇利は、まだ忘れてない。いじめがあった事を、止められなかった事を後悔してる。やった事を後悔してるんじゃない。それが、今までの勇利の行動からも伝わってくる」

 図書室。その言葉を放つ事はできなかった。図書室のいじめ、それをもう思い出せる事はしたくなかった。

 かといって、強調していじめの話に触れてしまっている事は十分自覚していた。

 自分の願いを押し付けながら、いかに和日葉を傷つけないか模索しているだけだ。

 いつからだっただろうか。いじめがあった事を知ってからだろうか。どこか、和日葉や勇利との関係が変わっていた気がする。関係というか、関わり方というか。深いというか、重いというか。

 タウだって同じだ。喧嘩をしたわけではない。しっかりとした分裂があったわけでもない。なのに、最初の頃と明らかに違う空気が、漂っている。

 抜け出したくないというか、もとに戻りたくないと言うか。

 自分の今までの行動に対して疑問を持っているわけではない。一つ一つに目的はあったし、意志もあった。

 

 ただなんだろうか。今回に限って、どこか、本当に踏み入れてはいけないものに首を突っ込んでしまった気がする。タブー、な感じがする。


 言ってしまってから後悔するのは何回目だ。いくら小さなものとは言えど和日葉を傷つけるような原因に自分がなってしまったのは何回目だろうか。


「だから、何回でも言うけど、何もしていない根拠なんていくらでもつくりようがある。今がどんな状況だったとしても、昔の事は昔の事だよ。」


 そのとき和日葉の口からでてきたのは、今までに聞いた事も、これから聞く事もないであろうと思うほど冷たい声だった。泣きもせず、荒ぶりもせず、感情がなくなってしまったかのような。

 ――なんで……?

「なんで信じてくれないの……?」

 ここに来て、自分が意味のない事を口走ってしまった事を自覚する。信じて欲しい。その一点張りで和日葉の中の何かが変わるなんてあり得る話なのだろうか。ありえない話だった。

「もういいよ」

 そのまま、部屋を出てどこかへ行ってしまった。

「違う、違う……」

 ガタンという音が響く。追いかけようとしたが、目の前の扉があまりにも自分にとって大きい気がして、そこから動くことができなくなった。

 今までの僕の話し声は雨の音にかき消されて、誰にも届く事はなかっただろうな。

 和日葉を含めて。

 いつしか、和日葉の感情は自虐というより怒りに変わっていった気がする。周りにも受け入れる人がいたんだよといいたかったはずなのに、一番和日葉の事を受け入れてあげられなかったのは、この僕らしい。


 ねえ。これだとさ、和日葉じゃなくてこっちが泣きそうになるじゃん?



 3a.m.


 夕飯の時間になっても和日葉が降りてくる事はなく、結局母が二階に持っていく羽目になった。一緒にいたのは僕だったので何かあったのか聞かれたが、何も知らないと言ってやり過ごした。同じ二階にいた彼は何も言っていなかったが、なんとなく和日葉が彼の部屋に行ったのはわかっていた。

 だから夜中に突然彼に叩き起こされても言うほど驚かなかったし、和日葉の事で話があるんだろうなとも思った。

 ……でも、その話がまさか彼自身に関するものだとは思いもしなかった。

「I'm not really American.

 (本当は、アメリカ人じゃないんだ)」

 夜中だったので頭が回らず、しばらく言葉が出てこなかった。ただ一つ、目の前の彼だけは午前11時なのかと思うほど目が開いていた。

 勝手に入られ、勝手に付けられた電気の光を感じて眩しさを覚える。こんな夜中になんだ、と思いたかったし言いたかったが、突然眠気を吹き飛ばすような言葉が吐き出されたので喉が詰まる。

「…え?」

 時間差で出てきた独立語だった。彼の前で日本語を使ったのはいつぶりだろうか。

「I've been hiding it for a long time, but I'm actually Greek.

 (長い間隠してきたけど、本当はギリシャ人なんだ。)」

「What do you mean?

 (どういうこと?)」

 隠していた…と…?

 寝ぼけているのかな、とも感じなかった。あまりにも顔が真剣だからだ。

 僕が寝ぼけているから容易に受け入れられているのかもしれない。が、もしかしたら何か事情があって嘘をつかざるを得なかったのかなと思っていた。ただよりも、思う事があった。

 なんで僕に?

「Hippasus…… Wakaba is sleeping in my room now.

 (ヒッパソス……和日葉は今僕の部屋で寝てるよ)」

 彼が和日葉という本名を発した。

 やっぱり怒っているんだろうな。もしかしたら今布団の中で泣いているかもしれない。

 もう、三時だけど。

 でも、こんな夜中に彼が来たのは誰にも気づかれないためなのだろう。もうぐっすり寝ているかもしれない。

「Why did you tell me that?

 (なんで僕にそれを言うの?)」

「Aren't you worried about Wakaba?

 (和日葉の事が心配じゃないの?)」

 顔を見ると眉をひそめていた。うまい事話が伝わらず少しの間言葉が詰まった。

「No, that's not what I want to hear......

 (いや、その事が聞きたいんじゃなくて……)」

「Ah,」

 言いたい事が伝わったみたいだ。自分の中で文章を作っているのかしばらく何も言わなかった。

「Wakaba came here without any purpose.

 (和日葉は、理由なくここに来たんだよ)」

 何を言い出すかと思えば和日葉の事だった。

 ……和日葉となにか、関係があるのか?

 確かに、和日葉の過去を聞いてから、なんでここに来たのかは疑問に思っていた。

 日本人だったからだ。

 日本人がここに来たという事を疑問に思っていた。

 ここは和日葉が昔通っていた学校の近く。その学校にその理由が隠れている。本人から聞いた話によればそうだった。

 それなのに、特になかったという事を聞いてしまって静かに混乱する。

「He said he wanted to come again.

 (もう一度来てみたかったんだ、って言ってた)」

 理由がなくて何が悪い?

 和日葉に聞いたらそう言われるんだろうな。

 本当は、どこかに理由という望みがあるというのに。

 だから……

 ……理由がないというのは、きっと嘘だ。

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