XXXV.慰謝
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十月十六日
なんとなく気になって部活の予定表を見てみたら今日もあるらしかった。音楽祭前というのもあって最近は気合が入っているように思える。音楽祭では部活として三曲を披露する事になっている。
同時に、都合がいいなと心の底から思っていた。都合よく、正当な理由で、会えるな、と。この頃行事そっちのけになっているなとは感じていた。でも、仕方ないじゃないか。
別に嬉しかったわけではない。本心を出せば部活がない方がよかったかもしれない。
だからウキウキの気分みたいなものとは程遠い感情だったのだが、部室に急ごうという気持ちはあった。
早めに行っても、何か話すなら部活の後になるだろうが。
でも、だ。
今日四時、顧問の先生から英太が部活を欠席した事を伝えられた。
英太のクラスの女子から聞いたが、英太は学校には来ていたらしい。体調が悪かったわけでもないし早退もしなかったから放課後に予定があったというわけだ。
よりによって、という感情でいっぱいだった。合唱部の顧問が再登校をさせる事はあまりなく、珍しく再登校で部活に出たと思ったら珍しく英太がいなかったから。まるで未来で起こることを察知して逃げたかのように。
ついさっき勇利に話したくらいだし、ないか。
帰り道は雨だった。土砂降りほどでもないがパラパラはしていない。中途半端で気分の悪い曇り空の下で歩く。昨日学校に傘を忘れてしまったが、それでよかったかもしれないな。
ぼんやりと、これまでの英太の事を思い出していく。特別これから英太と会えなくなったり、卒業したりするわけではない。
帰ってきてから真っ先に階段を登って和日葉がまだいる事を目視で確認する。
外が暗くなり、カーテンを閉めてぼんやり明るいLED照明を浴び、外の雨の音を感じる。初めて、自分が帰ってくる中で疲れていた事に気がついた。
「おかえり」
和日葉を見る限りは、いつもの調子とあまり変わっていないように受け取れた。
……僕がいないところで泣いているんじゃないかと心配しているのは僕だけだろうか。
「最後に一個だけ、話したい事があるんだけどいい?」
勢いに任せて口走る。
「……なに?」
一年前の事を掘り出されたばっかりだからさすがに嫌な予感がしたんだろうな。ただ案の定その予感のとおりだった。
そのときは不安そうな顔をしていたが、あからさまに嫌がっているようにはとても見えなかった。
こっちだってこんな話をしたいわけではない。いなくなってしまうんだから話したいことはたくさんある。
だから、こっちだって言うのには覚悟が必要だったんだ。それくらいわかってほしいな。
「勇利は、いじめをしてない。むしろ、助けようとしてくれてた」
言葉にしてみて初めて、この事が和日葉に対していかに鋭利で、重いか、自覚した。真偽はどうだとしても、僕は和日葉に寄り添えていないんだ。
「……聞いたの?勇利に」
「え……?」
「この前、勇利とメッセージやりとりしてたの見たよ」
そういえば、と思い出す。一回、スマホ画面を偶然見られた事があったな。
「そりゃ、本人に聞いたらやってないっていうよ。いくらでも隠しようがある」
「和日葉、ちが……」
「あの学校から僕がいなくなってから半年も経った。そりゃ、何もしてない根拠の一つや二つ、思いつくよ」
しばらく頭が真っ白になって、何も言い出せなかった。
でも、言っている。これまで勇利を見てきた自分の心が、言っている。
沈黙が流れて和日葉が投げ捨てるように言った。
「やっぱり、そうなんだね。……ごめんね。僕はここにいるべきじゃない」
見てみると和日葉が顔を押さえていた。声を殺して、言っていた。
近所の金田さんがレインコートを着て自転車で隣を通り過ぎていったが、向こう側が気づいていないらしく、あわててあいさつもできなかった。
そういえば、英太も僕も結局部長にはならなかったな。でも、英太は副部長になっていた。最初は英太も乗り気ではなくて「絶対俺じゃないほうが良い!」なんて言っていたが、みんなに色々言われる内に気が変わっていったらしい。
――なんでだろう?
一年前の話とはいえど、いじめをしていた罪悪感というものを感じないのだろうか。感じていたから、気が進まなかったのだろうか。
いや、ちがうか。
なんで、僕の中で英太はいじめをしていた事になっているんだろう。知らぬ間に。
英太だって、和日葉に勘違いされているだけかも知れない。そもそも、あの性格だ。あんな事をするとは思えない。
じゃあ、無意識に英太の事を疑っている原因はなんだろうか。
「ばいばい」
道が分かれて一人になる。しばらく数人と一緒に歩いてきたはずなのに、今日に限って人としゃべった実感がそこまでない。ちゃんと考えたかったのか、その場で数秒間とどまっていた。
......勇利は、いじめの事実を知ってほしかったのかもしれない。
あの時、もしかしたら勇利はその事を言ってしまいたかったのかも知れない。というより、僕がいじめを知っているんじゃないかと期待していたのかも知れない。
勇利も和日葉を助けてあげたかったはずだ。だからこそ、和日葉と会えなくなってからは後悔が残ったのだろう。誰かに、話したかっただろう。
知ってほしかった――
というか最近、昼休み勇利に図書室にこいといわれなくなったな。二学期入って初めの頃はまだ言われていたはずだ。
――「図書室にもその本があったんだけど、それにも一枚紙が挟まってて―」
和日葉に言われた事を思い出す。自分の持っている本に落書きされて、それでそれに対して何もせず図書室に向かった理由はよくわからない。ずっと持っている本ならただ読みたいだけではないだろうに。でも、和日葉の自由だ。
ただその場所にも、タイスケらに先回りされていた。図書室にも、嫌がらせの爆弾があったという事だ。
――そういう事か。
勇利は、図書室で起きていたいじめを知らせようと図書室に呼んでいたのか。都合よく僕がそれに気づく事を祈っていたんだ。
自分でそれを見たくないから。真に受けたくないから。
有が見つけたなら大事にはならないだろう。そうも思われていたかも知れない。
いずれにしても、勇利にはいじめをしていない根拠があるわけだ。英太にはなかった。性格という漠然とした理由しか。
――「英太にはタイスケたちと一緒に悪口言われる事があったよ。」
そもそも、和日葉の言っている事が正しいなら勇利と違って英太に関しては勘違いのしようがない内容だったのだ。この学年に英太という人が他にもいた覚えもない。
英太...がやったの......?
残念な事に、これ以上何も思いつく事はなかった。心当たりもなかった。気づけば英太の事を考えたまま下を向いている。傘を持つ手の力がさっきより弱くなっている気がする。
英太が......?
受け入れられなかった。ただ今度こそ、自分の中で全てが確定してしまう気がしていた。
もうすぐ。和日葉がいなくなるタイムリミットが近づいている。
雨は強まる一方。水たまりはいつまで残るだろう。
歩き始める。




