XXXIV.自衛
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十月十六日
あの日、勇利が僕に朝早くに学校に来るように言った理由がわかった。
タウだ。
昨日聞いた話が正しければこのクラスのタウは例のいじめに関わっていない事になる。ただ、僕がクラスでタウという名前を発する事があるから、僕がヒッパソス......和日葉の事を知っているのではないか、いじめの事を知っているのではないか、と思ったのだろう。
......できれば、その事に気づきたくなかった。
何もやっていないと信じたかった。
英太も、勇利も、友だちである。半年間も一緒にいたんだからどちらも悪い人ではないとなんとなくわかってきているし、もはやわかっていた。
ただ、和日葉の言動を全否定するわけにはいかなかった。だから、タウのように名前違いなのだと思いたかった。
自分の理想のようになってほしかった。
でも、少なくとも勇利に限ってはいじめに関わっていたかも知れない。それが自分の中での結論になってしまっていた。
でも仮に二人にそんな過去があったとしても、今はそんな人ではないとわかりたかった。
和日葉の口から二人の名前を聞いたときはどうしたらいいのかわからなかったが、漠然と、一番手っ取り早い解決方法は本人から話を聞く事なのかな、と思っていた。
今日聞けなかったらもう和日葉たちは行ってしまう――
「吉田和日葉、知ってる?」
――そんな言葉がよぎったのか、不思議な事になんのためらいもなく言葉を連ねられてる自分がいた。
休み時間に急に昔の事を尋ねられたら変に思われるだろう。そもそも、時系列的に僕が和日葉の事を知っているのはおかしいのだから。
まわりのガヤガヤに僕達の声は勝らないから誰にも聞かれていないだろうというふうに信じていた。今この絶好のタイミングを逃したらもうやってこないかもしれない。
「......え?知ってるけど。え、なんで?」
明らかに困惑しているのを見て取れた。びっくりはしないものの、目を見開いて少しだけキョロキョロしている。
この前席替えをした事で勇利は僕の前にいるという配置になった。それを嬉しく思ってくれていた勇利の事をよく覚えている。そのおかげで話しやすかった。
まわりには聞かれぬように。机に乗り出して勇利に言った。
「一年のときにあったいじめ、なんか知らない?」
知らないとおかしい。筋が通らなかった。
ここで肯定の返答が返ってくるかと思ったが違ったようだ。
「今日、一緒に帰れる?」
そういえば、今日は放課後先生の会議があるから、部活があっても一度家に帰るよう言われていた。
やっぱり、いくら聞かれていなさそうだからと言っても、この話題は周りに人がいるなかで正直に言い合えるような話ではないのだろう。
掃除もなかったので勇利を待つ必要もなかった。ドアを通り過ぎるときに先生が女子の数人組に早く帰れーと言っているのが聞こえた。
勇利とは一緒に帰ろうとわざわざ約束したが、部活がない日は大抵一緒だし、約束に意味なんてあるのかと思った。だから、あの場で約束するという事はなにか話してくれる事があるんだろうな。
なにか、知っているんだろうな。
そういう事だった。筋が通っているんだな、やっぱり。
できる事ならあの場で答えを言ってほしかった。帰りまで引っ張られたものだから今までずっと怖かったではないか。いつものようにくだらない話題で盛り上がっても本当はどこか上の空だった。
五時間授業だったからまだ太陽が高い。昼間に帰るのは久しぶりだったから少しだけ暑く感じた。もう十月だ。
しばらく歩いてから、勇利が小さい声で話し始めた。
「そうだ、休み時間に話した事そのままだったね」
切り出すのが勇利だったというのは意外だった。
「和日葉の事、なんか知ってるの?」
待ちわびていた話題だったから、食い気味になってしまった。足を止めてしまいそうになったが勇利がなんのお構いもなく進んでいくから仕方なくついていく。
「何考えてんのかわかんないから先に言っておくけど、俺がいじめてたわけじゃないよ」
何を考えているのか完璧にわかっている様子だった。本人が否定しているからそうなんだとは言えないものの、本人の方からその事に言及してくれるのを嬉しく思う。
「ワカバは、一年の前半くらいまでは俺と仲良かったんだよ。ワカバは、運動会の後くらいから何人かにいじめられてた」
ワカバの言っていた通りだ。
「できればそれを止めたかった。だから、いじめがあったっていう証拠も見つけた。いじめやっていた本人にもいろいろ問い詰めた。」
「それって、誰?」
「タイスケだよ。塚田太佑。本当はもう一人いたけど、そいつはその時にはもう転校していってた。」
いじめを引き起こしている原因が一人減っていたらしい。たしか、和日葉は学年が上がるときくらいに転校したみたいな事を言っていたな。
「それって、いじめがマシになったって事?」
「それはわからない......でも、音楽祭が近づいてきてから、ワカバが不登校になった」
初めて聞く話だった。いじめがなければ不登校もなかったのかと言われれば決めつける事はできないものの、辻褄が合う事に変わりはない。
学校に来なくなった。つまり、いじめはなくなった可能性が高いという意味だった。
「じゃあそれって......」
「結局、いじめが原因で学校に来れなくなったんならいじめの事に関しては何も解決してない。最近になって思い始めたけど、学校に来なくなったからっていじめが完全になくなったとは考えられないかも知れない。タイスケがワカバの家を知ってるんなら尚更だよ」
「誰にもその事は言わなかったの?」
「言いたかったよ。言いたかったけど」
その言葉を聞いて、自分が勇利に対して疑問に思っている事が全部なくなった。ワカバが勇利の事をいじめをしていたと言っている理由とも辻褄が合っていた。
「そのいじめをしてた証拠を、タイスケたちが見えないように小さい段ボールにいれて友達を通じて俺に渡してきたんだよ。これ渡してって。
その時くらいからか忘れたけど、ワカバが俺を避けるようになった。いじめをやってるって俺の事勘違いしてたんだろうね。結局なんも言えずに、ワカバはそのまま。」
勘違い。そうだ、勇利は勘違いなんだ。
それを聞いて安心した。今日一番ほっとした。本人の口からそれを聞けてよかった。
自分自身が勘違いされているから、下手に誰かに相談したら自分がどうなるかわからない。本当にいじめをしていたんなら、もう少しワカバの感情を突き出した理由にするんじゃないかと思ったからだ。
ワカバがいじめに対してどう思っているかわからないから誰にも言えなかった、とか。
「一応聞くけど、その通じた友達って、誰?」
「ああ、えっと」
それを聞いたときに、少しだけ過剰に期待して、安心している自分がいる事に気づく。ここまで、勘が当たってしまう事があるのかな、と。
「部活同じだから知ってると思うけど、英太だよ。合唱部の英太。」
しばらく、何も返せなかった。この二人の間につながりがあるなんて思ってもいなかった。
でも、和日葉はきっと勘違いしているんだ。勇利はきっと本当に何もやっていない。
英太に対しても、きっと同じなんだ。




