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XXXII.平和

お読みいただきありがとうございます。


 十月三日


『Still, I feel sorry. I hate Tau because he was a terrible bully.

(やっぱり気の毒に思うよ、タウの事を恨んでる。ひどいいじめをしていたんだから。)』

 タウ......?

 なんで?

 いじめ......?

 垂井正志。タウがいじめをするなんて思えなかった。

 でも、タウなんて名前......ニックネームでもいい。そんな人、ほかにいるのだろうか。

 信じられなかった。なんで、どうしてここでその名前が......外国人である彼らとタウが関係あるとは思えなかった。

 あくまでタウもニックネームだし。外国に住んでいたという話も聞いた事はない。

 だとすると思い当たるのは一つだった。

 ヒッパソスが日本人なのではないだろうか。

 それなら筋が通った。もともと、本当にヒッパソスが韓国人なのか疑っていたし、日本語が流暢すぎるのだ。よくよく考えてみれば、ヒッパソスがこの家で韓国語をしゃべった事もまともになかった。......それは別に仕方ないか。

 心の中で、重い何かが暗闇の中に落ちていった。

 一瞬見ようかなと思ってしまったが、勝手に見るのはなんか嫌だし、社会のレポートもやらなきゃだから今はやめておこう。

 そうそう、課題がある事を忘れていた。

 大丈夫大丈夫、きっと、タウというのは同じ名前の別のだれかだ。あのタウがいじめなんてするはずがない。

 突然芽生え始めた衝撃を押さえつけるようにしながら椅子に座って、そのスマホをベッドの上に軽く投げた。

 改めてちゃんとレポート用紙を広げる。ヨーロッパの国についてがテーマだった。これまでも授業の流れに伴って州についてのレポート課題は出されてきた。それぞれのレポート用紙はそこまで大変ではないものの、二年の先生の中で社会のあの先生は頻繁に課題を出してくる。別に、だからといってその先生が嫌われているというわけではない。

 今回はヨーロッパの国の一つについて取り上げて調べるものだった。

 引き出しからパソコンを取り出して立ち上げる。

 ――ギリシャ。

 真っ先に浮かんできたその国について検索ソフトで調べ始めた。

 人口や都市、公用語など、必要最低限で必須の情報をレポート用紙の片隅に一通りメモした後考えなければならなかった。他に何をまとめようか。

 現地の食べ物だったり、通貨だったり、挙げたらきりがないほど候補はある。それでも悩んでいるのは本当に不思議だった。

 もっとこう...実用性のある......

 自分は暇なんだな。こんなに真剣に課題をやろうと思えるなんて自分でも感心してしまう。暇なのか?

 誇張しすぎかもしれないがこんな感情は小学校一年生のときの初めての宿題以来だった。あの時の自分から見た中学二年生はどれほど大人だっただろう。

 各国のタブー、とかどうだろう。日本で当たり前のようにやるピースサインも外国だと失礼だったりするのだろうか?

 調べてみると運よくその通りだった。ギリシャではピースサインは侮辱的な意味を表すらしい。

 へえ......

 写真を撮るときにピースをするのは自分の癖だったが気を付けないとな。まあ、外国に行く事なんてそうそうないかもしれないけど。

 でも、ホストファミリーなら他人事ではないか。ギリシャ人が来たりしたらやってはいけないだろう。ギリシャ人が来たとしたら。

 今家にはアメリカ人と韓国人がいる。

 やっぱりヒッパソスは韓国人なのか?

 どっちにしろ、アメリカと韓国の事をもう少ししっかり知らないといけないみたいだな。



 一時間くらい経っただろうか。ヒッパソスが帰ってきた。

「スマホ忘れてた。...見てないよね?」

「見てないよ」

 ちょっとだけ見る気はあったとは言えなかった。まあ、嘘はついてないからいいか。

「何借りてきたの?」

「......ああ、何も借りてないよ」

「あ、そうなの?」

 なにかしら借りてくるものだと思っていたから少し驚いた。あの図書館は所蔵数もそんなにないし、読みたいと思う本がなかったんだろうな。その読みたい本のジャンルが数学なら尚更。多分、小説が大半を占めている図書館だから専門書はそんなにない。

「読みたい本なかったの?」

 特に気になっていなかったが聞いてみた。まあそうだろうと思っていたが、ヒッパソスの次の一言には衝撃を覚えた。

「あ、もうすぐ、ここ離れちゃうんだよね」

 そうか。ヒッパソスはホームステイのためにここに来たんだった。

「......韓国に戻るって事?」

 ヒッパソスは軽く頭を縦に振る。でも、そのときの表情は軽くなかった。

 なんでだろう、まだ全然時間は経っていないのに、なんでこんなにもヒッパソスは家族のように馴染んでいたのだろう。

 そうか、ヒッパソスは遠く離れた場所にいるんだ。

「いつ?」

「何が?」

 ベッドの上に座っているヒッパソスは顔を再び上げてこっちに向けた。

「帰る日、いつ?」

「大体、二週間後くらい」

 まだ先ではあった。でも二週間後なんてすぐそこだった。

 

 

 夕飯のときに母からもその事を言われた。しかし、それはヒッパソスに限った話ではなかったらしい。久しぶりに食べるカルボナーラを食べている途中唐突に喋り始めた。

「By the way, Hippasus and Jones will leave this house.

(ところで、ヒッパソスとジョーンズはもうすぐこの家を離れるよ。)」

 確かに、ヒッパソスが帰るならそれより前に来た彼が帰るのも不思議な話ではなかった。

「Two weeks later.

(二週間後ね。)」

 父と母はもうこの事知っているだろうから母は多分僕に言っている。

「Hippasus told me earlier.

(ヒッパソスがさっき僕に言ったよ。)」

「Is that so?

(そうなの?)」

 母がヒッパソスの方を向くと互いに頷いていた。

「But, I didn't know about Jones.

(でもジョーンズについては知らなかったよ。)」

「Let's have a party next week!

(来週にでもパーティをしよう。)」

 父がそう言って全員が賛成するとその場は静まり返った。もうこの話題は終わりだろうか。

 なんだか、二人がいなくなってしまう事を惜しむ感情が強かった。というか......なんだろう、この気持ち。

 やっぱり、一つ納得できていない事がある。解決できていない事がある。

 二人の口からその事を聞かないと、気持ちよく送り出す事はできないのではないか。

 ホームステイという経験より、今自分は友達の過去を大切に見てしまっている。

 罪悪感の塊だった。

カルボナーラ好きです。

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