31.誰かのエンドロール
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九月九日
あれからどれくらい経っただろう。
入学してから一年が過ぎ去り、二年になり、後輩ができた。誰かの姿を見ても後輩か先輩か同級生かわからないから言葉遣いには気を遣うようになった。
一学期の最初は不安だった。いくら入学式と比べて知っているクラスメートがいるからってもとから友達は少なかったし英太だっていなかった。まったく話せる人がいないわけではないが深く関わり合えるなんて関係は見つからないだろう。そう思っていた。でもだんだん変わっていった。有がいてくれたからだ。進級してから転校してきた有が。
なんでこんなに仲良くなったんだろう。出席番号が近いわけでもないし席も離れていた。もしなにか本当に通じる部分があるんなら嬉しいな。
『明日、学校早く来れる?』
昨日家に帰ってから送ったメッセージ。有には変な誤解を与えてしまっただろうか。
「このクラス、どう思う?...っていうか有は今の生活楽しい?」
その誤解の答え合わせがこんな質問によってなされる事になるなんて有は思ってもいなかったはずだ。学級委員でもないから尚更。俺はまた、まだ、図書委員である。
去年自分がどう思っていたかは忘れたが、正直もう生徒会選挙に立候補したくはなかったし、実際しなかった。そういえばもうすぐ選挙だな。
「別に。いい感じする、このクラス。なんか、賑やかって感じ。」
変な質問をしてしまったからこれは環境が変わった有への気遣いだと、有には受け取って欲しいな。そんなうまく行かないか。もうすぐ二年になってから半年も経つんだから。仲良くなって時間が経った人からそんな気遣い、感じ取る事ができるのだろうか。
近くにいるほど、気遣いなんて必要なくなってしまったりするのだろうか。
「うん。やっぱり、このクラスは...ていうか、この学校自体、いい人ばっかりだよね。」
そう有に付け加えられた。
「そっか。それって...」
俺が聞きたい事。有の方からそれに近づいてきてくれるかも知れない。
「...まあ、タウとか?うん。」
やっぱりそうか、と思っていた。ただ勝手に感情が表に出てしまったのか、有は不思議な顔をして苦笑いしていた。
「...そっか。」
多分タウの性格が好きなんだろう。俺もタウの明るいところには好感が持てる。
「...いや、......ううん。なんでもない」
有はタウの印象でも話そうとしてのだろうか。俺はそんな事聞いていないのに。
「なんか、平和すぎたら平和すぎたで、怖くなってくるよね。」
「どういう事?」
「ああ、ううん。気にしないで」
一年の過去と二年の今。両者の間には明確な差があった。俺は知ってしまっていた。平和の中にも闇や孤独が存在し得る事を。でも、有に干渉させるわけにはいかなかった。
俺は今何がしたいんだろう。
七時五十五分。もうすぐ、早い人は教室に入ってくるだろうか。今ここにいるのは二人だけなのに、ドアの近くだから、朝のよくわからない清々しさを感じる事もできない。
今頃有はなんでこんなに早く来る必要があったんだろうとでも思っているだろうな。
「...どうしたの?」
やっぱり聞かれた。
「あ、いや...ほんとに、なんでもないんだよ。気にしないで。...ほら、有って今年から来たから、なんか...大丈夫かなって」
結局自分で全て補足していた。こんな変な質問をした目的を付け加えていた。
「...でもなんか」
有は足元に視線を移しながら言う。
「この町、変わってる人多いよね。」
「そう?」
有ははっきり首を縦に振った。話題が、変わるだろうか。
「うん。例えば...ほら、タウなんて昼休みに散歩行くんだよ。」
「なにそれ」
食い気味に言ってしまったから付け加えた。
「別に、悪い意味じゃないよ」
「...そういえば、ジョーンズはどう?」
なんとなく話を変えた。もう、聞きたい事は聞けなさそうだったからだ。ここからの話はどうだっていい。
ずっと気になっていたから、一学期後半に突然短期留学?みたいなものをしにきたジョーンズの事を尋ねた。ジョーンズが来た日に先生から聞かされたが、有の家にホームステイしているらしい。
「ジョーンズは...わかんない。家でもあんまり学校の事話してないし。それに―」
ただ、ジョーンズと有が学校で一緒にいるという場面はそんなに見なかったし、二人の関係はよくわからないままだった。
「―ジョーンズが、このクラスで楽しくやることを望んでるのかも、知らないから。」
ジョーンズはどれくらいの期間日本にいるつもりなのだろう?一年か、それよりもっと短いか。
でも、どれだけ長くクラスにいても俺が仲良くなったりする事はなさそうだった。言語の壁があるんだから。
「喋った事はあるんだけどね。あいさつくらいだけど。やっぱり、俺英語わかんないから。有が羨ましいよ。苦労しないでしょ、テストとか」
有は英語が話せる。ホストファミリーの人がホームステイしにくる人の言語を話せるのがどれくらい珍しいのか、当たり前なのかは知らないが、英語を話せると言うだけで有はクラスの中では珍しい人扱いだ。転校してきて最初の方はすごすぎると一部のクラスメートから崇められていた記憶がある。
「そ?まあ、ちょっとは役に立ってるけど。でも、やろうと思えばそのうち喋れるようになるよ。勇利、頭良さそう」
そう言われたが、多分まったくそうは思っていないだろうな。ただの皮肉でしかないが有の褒め言葉ほど当てにならないものはなかった。
「ちょっと、トイレ行ってくる。ありがとう」
気になって時計を見ると八時を示していた。そろそろ誰かしら来るかなと思ったので会話を終わらせる事にした。右手のひらを顔の横に持ってきて口先だけで「じゃ」と言う。逃げ以外の何物でもなかったから有にはそう見られるだろう。でも有だから大丈夫だ。自覚するほどの焦りなどがあったわけではないが少し強めにドアを閉じてしまった。
―「このクラス、どう思う?...っていうか有は今の生活楽しい?」
質問の目的はさすがにバレていないだろう。というか自分でもわからなかった。有がタイスケの事を知っているはずがない。タイスケのニックネームであるタウの二人目がこのクラスにいるからといってタウは何も関係ないし、有の口からタウと発せられる事にも何も違和感は感じなくていいはずなのに。
もしかしたら去年あった事を知っているんじゃないか。勝手にどこかで思ってしまっていた。疑ってしまった事を反省する。
―「このクラス、どう思う?」
......思い出してみる。ワカバが転校してしまったときの事を。
終業式の日だけ学校に来て、その日の学年集会で前に立っていたワカバの事を。
あの日、ワカバはこの学校を去っていった。
もう自分の傷は癒えていたはずなのに、あの日の放課後に限っては気分が悪かった事を思い出す。
一年の最後がこんな事になるなんて思ってもいなかったのに。そればっかりだった。
でも、自分が自分を優先してまともに行動を起こさなかったのが原因だった。
誰に向けているのかもわからない作り笑いを少しだけしてみる。向こう側にタウの姿が見えた。
「おはよう」
「おはよ」
妙な高揚感に襲われて口が動いていた。タウと話したのはいつぶりだろう。対して仲が良いわけでもないのに心のなかではそばにいる。
......お願いだから、誰か、気づいてほしい。
誰もいない。本当は誰もいない。自分で作った壁を超えてくる人は誰ひとりいない。
自分だけが知っている事にこんなに嫌悪感を抱くのはどうしてだろう。
全部自分で作り上げたのに。
わからない。人と、どう関われば良いのかわからない。
有に、気づいてほしい。
――人が、わからない。




