30.矯飾
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十一月十日
音楽祭が終わってから、もう良いかと思えてしまってきていた。
進級するまでの二大行事は終わってしまったし、ワカバがいるにしろいないにしろもうすぐクラス的にも離れ離れになってしまうだろうな。
そうそう、きっと、俺が介入したところで解決するような問題ではなかったんだ。実際、俺はいじめを解決するために何かをしっかり考えて、何度も行動しただろうか?
できていないのだ。俺は所詮それくらいの人間である。
生徒会選挙のときは周りに広まってしまっていたから落ち込んだものの、今回に関しての事を知っている者はほとんどいない。だから落ち込む必要もほとんどない―
それは新たな罪悪感の始まりだった。
自分のために動いているという事を、理解できているのに受け入れるのを拒んでしまう。まだ、自分の過去を認めたくないみたいだ。その感情が現れてしまえば、呑んでも呑んでもなくなった事は一度もなかった。
でも、それでも、もうタイスケに対して好感を抱く事はなかったし、嫌いなままだった。タイスケとは関わりたくないし話したくもない。どんな場所でその名前を聞いても嫌悪感を抱く。
これは、タイスケを許せないという意味の感情なのだろうか。どれほどそうだと信じても、根本はちょっとだけそれとは違う気がしていた。自分をよく理解できていない、どこかフワフワ浮かんだ感覚だった。自分がどれほど弱いのかよくわかる。
「今度の土日なんか予定ある?」
昼休みに暇だなと思っていたら聞かれた。
......ワカバを見なくなってから気づいてしまった事が一つだけある。俺はワカバに気を遣っていたという事だ。もちろん、ワカバが自分を嫌う前に戻ってくれればどれだけ嬉しいか知る由もない。が、そのせいで別の人と親しく話すのを遠慮してしまっていたのだ。ある時から、英太とこれまで以上に仲良くなった気がしていた。
ただし、ワカバに嫉妬される怖さ、とはまた異なる。
「えーっと、...ないよ」
「ほんと?今度別のクラスの友達とカラオケ行こうとしてるんだけど、一緒に来ない?」
「ああ、いいよ」
ほらね、本来俺なら嫌がるはずの知らない第三者との関わりにもOKを出してしまったではないか。
そしてワカバがいなくなってから、本当にワカバは自分と仲が良かったのかと疑問を抱くようになった。もしかしたらこっちが一方的に話しかけていただけなんじゃないか、と。
......俺は、ワカバにとっての何だったのか?
すると英太は立ち上がって廊下へ行く。すると聞こえてきた。
「タイスケ、」
え?
「今度友達と―」
はっきりは聞こえなかったが、タイスケも誘おうとしている事だけはよくわかった。
その『友達」の中に俺が含まれるとわかれば、タイスケは断るだろう。絶対に。もしタイスケが行くなら俺が断ろう。
しばらくして戻ってきた。
「タイスケ誘ったけど無理だって」
「そうなんだ」
それは俺がいたからだろうか。それともそもそも無理なのだろうか。どちらにしろよかった。
「......ねえ英太」
「ん?」
一つだけ気になってしまった事がある。
「英太ってタイスケと仲いいの?」
別に、仲が良いからといって英太が悪者になるわけではまったくない。
「......まあ。小学校も一緒だったし、結構仲いいよ」
確かに、タイスケには友達が多そうだった。でも、それに英太も含まれている―
考えてみれば不思議な話ではなかった。英太の性格は俺とは根本から違って明るい人だから。
どうして、こんなに驚いているのだろう。何故かショックで後ろから頭を殴られた感覚になった。タイスケと関わりがある。それだけでこんなに嫌気が差すのはなんでだ?
「そうなんだ。......今日さ、部活ある?」
「部活?ああ。今日は、ないよ」
「一緒に帰って良い?」
「いいよ」
「ありがとう。あ、そろそろ準備しなきゃね」
まだ二十分で授業開始まで十分もあるから『しなきゃ』ってほどではなかったのだが、自分で突然話題を変えてしまったせいで話が強制的に終わってしまったからその場しのぎのためにも仕方なかった。
「そうだね」
帰り際、今日は俺達は掃除がなかったから喜んでいた。俺が廊下に出るまでずっとそこで待ってくれていた英太を見つけて人混みの中を歩き出す。
「そういえば、今って合唱部何やってるの?音楽祭終わったけど」
「別に合唱部も音楽祭しかないわけじゃないよ。三送会とか一迎会とかあるよ?まあ、少ないけど」
「あー、確かに」
違和感があるくらい突然話題を振ったのは、「なんか話したい事でもあるの?」と聞かれないためだった。一人くらいには絶対に会話が聞かれているこの場所でそう聞かれたって困る。もしそうなら昼休みのときに話せばよかった話じゃないか。
「でも運動部はいいよね、いっぱい大会とかあるでしょ。」
「あのね、大会多いし練習試合なんていっぱいあるから大変だよ......ほら、一迎会とか三送会は発表するだけかも知れないけどこっちはそういうわけじゃないんだよ」
「合唱だって大変だよ〜別に合唱コンクールとかは出てないけど疲れるよ」
「えーほんと?」
外へ出ると先生に追い出されるとわかっていながらもただ立ち止まっている生徒が数え切れないほどいた。
別に急いでいるわけでもないが、今に限っては周りの話し声はうるさいだけだったので早歩きで通り過ぎた。英太もついてくる。
しばらく人の群れの中にいたが、やがて人の多さは目立たなくなる道に出た。それまで会話を繋いで、最後の話題が終わったあと、英太にそれを聞かれるかなと思ったが、意外にも特に気にしていないようだった。割と一緒に帰るのは珍しいほうだが英太的には不思議ではないらしい。
もし聞かれたらなんて返そうか迷っていたがその心配は必要なかったらしい。
「そういえば」
......できればタイスケの話題は避けたかったらしい。気がつくと俺はクラスのタブーに直接触れてしまっていた。
「ワカバが学校来なくなった理由、知ってる?」
――「なんかわかんないけど、俺ワカバから嫌われてるみたいだからさ。」
この発言は、ワカバに興味がないから出たのだろうか。それとも、あるから出たのだろうか。今更疑問に思う。
「え?ワカバ...?」
突然ワカバの話題を振られてしばらく困惑した様子だった。
「知らないよ。でもなんか、そのちょっと前までちょっと様子変だったかも......」
やっぱり、英太からもそう見えていたのか。なら、俺の思い込みではないのだろう。
「不登校になるまで、変だなと思った事とか、なかった?」
「どういう事?」
「あ、ほら......クラスの中でさ、こういう事あったなとか」
「別に?え、なんか知ってるの?」
「いや、何も知らないよ」
食い気味に返してしまったが、それ以上に英太が全く考える間を持たずに『別に』と返してきたのが気になった。でも、本当になんにもなかったのだろう。顔から伝わってくる。
英太には申し訳ない。でも、タイスケと仲が良いからといって英太を疑ってしまっている自分がいた。ただきっと、英太は何もワカバの事について思っていないし、行動もしていない。ここで疑ってはいけないだろうか。
それから少しだけ沈黙が続いて、また話題を変えた。
「......そういえばタイスケと仲が良いっていってたけど、どこの小学校?」
言ってから、避けたかったタイスケの話題を振ってしまった事を自覚する。
小学校の名前を聞いて、答えが返ってきたが、正直興味なかった。
「タイスケって、どんな人だったの?」
「どんな人......普通に、明るくて周りから好かれてたよ。別に、今でも一緒だよ」
笑いながら言われたが、今まで俺が見てきたタイスケは少なくともそんな感じではなかった。
俺は何がしたいんだろう。英太は何も知らない。終わり。
もうそろそろ、ケファレオ2、完結です。




