25.茫然
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九月十五日
前者だったらしい。
「落ちたね」
推薦者である英太がなにかを言いだすのは気まずいだろう。そう思って、我先にとふと頭に浮かんだ事実である言葉だけを発した。発する事ができた。
当選者の名前の羅列の中に、自分の名前はなかった。当たり前のように、ゴシック体で大きく綴られる名前、三人いる中に俺の名前はない。間違いじゃないかとも思えなかった。
「ごめん」
前に目を向けたまま英太が動かず言う。
「違う、英太のせいじゃない」
英太のせいじゃない。英太は、無理やり俺の願いのために選挙に参加させられただけだ。
「...そもそも、急に生徒会なんてやろうと思ったのが間違いだった」
もともと学級委員とかをやっていたわけではない。それに加えて先輩にさえ推薦者になってもらえなかったのだから、落ちるのは当然の結果だったのかもしれない。
知らぬ間に、落選を覚悟していた気がする。
どこかで...
前者だったんだ。早く、いち早く、スッキリしたかったらしい。自分が生徒会役員に立候補した、その事実からできる限り早く逃れたかったんだ。
「最初から無理だったみたい。巻き込んでごめんね」
これ以上、英太が何かを言う事はなかった。俺の発言に対して、静かに、首を横に振っているのがわかった。そしてただ現実を受け止め、沈黙を貫いている。悲しさというよりか、失望感が伝わってくる。
よくわからない清々しさが漂う。それも重く、苦く。それに罪悪感が重なって目の前が黒ずんでいく。
こんなにも、自分を変えようと動く事はしばらくないだろう。自分の望みを絞り出して動いた勇気は無駄に終わったのだろうか。
できる事なら、落ちたとしても笑って終わりたかった。そりゃそうだよねと言い合えたら、またいつかあのときは楽しかったねと話せたと思うのに。いざ、現実を目の前にしてみると心から喜んで笑う事なんてできそうになかった。
英太とはもう会話が続けていられる気がしなかったので、まだ誰もいないであろう教室へ速歩きで向かった。同じクラスだから英太がついてくるのもわかっている。英太にとっては、俺のせいでこんなに長い期間付き合わなければならなかったという迷惑な話だったのも十分わかっていた。俺は、結果からも、英太からも逃げている。
今日はクラスでどんな顔をして過ごせば良いのだろう。どんなにもともと目立たなかった俺でも選挙に出馬してしまった以上注目される事は回避できなくなっていた。できる事なら誰にも触れられたくないな。欲を言えば特に気を使われる事もなく。そもそも、落ちたという事自体知られなければどれだけ気が楽だろうか。生徒会選挙に落ちた、という学校生活における履歴が今日確実に残ってしまった。
でも―
でも、なにか言ってほしいな。
九月下旬
暑さは和らいできたもののまだ涼しいとは言えない、夏と秋の境目のもう一つの季節になった気がする。そんな中、後期の委員会決めが行われた。生徒会選挙で当選した生徒はこのクラスにはいなかったので全員が教科係か専門委員会に入らなければならなかった。結局のところ、ほとんどの人が去年と同じ委員会や係に入る事になり、絵梨花も俺もスムーズにまた図書委員になると決まった。一度入って慣れてしまったし、入っておくならここだろう。絵梨花と一緒である事はもう気にしない。
慣れで言ったら、生徒会選挙で落ちて意外と良かったかもしれない。もし、あのとき当選していたとしたらしっかりと生徒会役員として活動できていただろうか。身の丈に合わない事をやり続けてストレスになったりしていなかっただろうか。逆に、周りからの信頼を失う事につながってしまったのではないか?
過ぎた事なのに、無理やり自分を納得させ、受け入れさせようとしている自分がいる。自分が納得しても何かが変わるわけではないし、きっと自分が心から自分を許せる事はないのに。
―生徒会に立候補したので、少しだけ話した事のないクラスメートに話しかけられるような事があった。それは確実に自分にとってプラスだったのではないか。学校生活が少しだけ明るくなったのではないか...
少しの間は距離をおいてしまったが、数日経てば英太とはまたよく話すようになっていた。落ちた当時はクラスメイトに対して若干の恥ずかしさもあったものの、もうそろそろ周りからも忘れられるだろう。きっと。
...来年はどうしようか。
後期は図書委員になってしまったものの、来年の前期に学級委員などをやってみる事はできる。今回落ちた原因がこれまでの学校での"経歴"なら、学級委員というパワーワードによって来年は受かる事ができるかもしれない。
少なくとも、今はもういいかとなってしまっているが、来年になったら気持ちも変わるかもしれないし、それまで待ってみてもいいかもしれない。
それにしても、選挙が終わってからどうも
「なんでお前が推薦者やってたんだよー」
というような英太との会話がよく耳に入るようになった。まあ、他の立候補者は三年生か二年生を推薦者にしている事が多かったし、確かに英太は目立っていたかもしれない。ちなみにその英太と話している人というのは、クラスの中の一部の男子限定だった。
そう聞かれるたびに、英太はなにかを答えていたがそれは聞こえるほど大きな声ではなかった。毎回だ。
そうそう、聞いている人の一人はタイスケだった。
自分が英太と話しているときにその事にふれると、「あ、聞こえてる?」などとちゃんと返答はくれたもののそこから会話が広がっていく事はなかった。だからその時から余計に選挙に関係する話はもうしなくなったし、それに伴って選挙があったという事自体過去の事になっていた。
そういえば、最近ワカバと話していない気がする。...そういえば、一学期の最後くらいからあまり話さなくなってしまった気がする。別に喧嘩をしたわけでもない、すれ違うような何かがあったわけでもない。
―英太とずっと話しているから...
そもそも、二学期になってからの席替えで席も離れてしまった。俺は一番窓側だがワカバは一番廊下側。加えて英太は俺の二列右だったから英太と話す機会が増えたのも納得できる。それにワカバはスマホを持っていないから電話などを通して連絡もわざわざとる事もない。
もし、ワカバが俺の事を避けているとしたら...ゾッとする。
...しかし、ワカバが他の誰かと話しているのを俺は見た事がない。用があって話しかけられて仕方なく応じているのは見た事があるが、自分から進んで誰かと関わりに行くなんて想像する事すらできない。そのせいか、どことなく暗いオーラを放っている気がする。というのも、入学してきてからすぐの、俺も話した事がないくらいの頃よりも全然感じる。
俺がワカバとしっかり友だちになったからそう思うだけ、ならいいが。
落ちちゃった...




